【48歳の娘が躁うつ病に】中1で親離れしたあの子が今、母の手を必要とする理由

これからの私

昨年、48歳になる長女が躁うつ病(双極性障害)を患いました。


かつて中学1年生の秋、突然のように「友達と遊ぶほうが楽しいから」と買い物にも旅行にもついてこなくなり、あっという間に親離れしていったしっかり者のあの子。


シングルマザーとして必死に育ててきた私を驚かせたあの日の記憶や、お小遣いの前借りで「借用書」を書かせた懐かしい思い出が、弱々しく横たわる娘の姿を見ていると次々とあふれ出してきます。


息子(私の孫)の親離れに戸惑い、子離れの修行の最中で心を崩してしまった娘。自立して大人になった我が子でも、苦しいときにはただ母の存在を求めてくれます。

70歳になった今、私が娘に寄り添い、静かに見守り続ける日々の記録です。

あっけなかった中1の秋と、懐かしい「借用書」

昨年から、48歳になる長女が躁うつ病を患っています。

弱々しい表情の娘を見つめていると、あの子が子どもだった頃のさまざまな記憶が胸をよぎります。

私は26歳のとき、5歳と2歳だった2人の娘を抱えて離婚しました。43歳で再婚するまでのあいだ、女手ひとつ、無我夢中で育ててきました。

長女はとにかく親離れが早い子でした。 忘れもしない中学1年生の秋。それまでどこへ行くにも「ママ〜、ママ〜」とくっついていた娘が、ある日突然、家族旅行も買い物も「行かない」と言い出したのです。

「友達と一緒にいるほうが楽しいから」

あまりにあっけらかんとした物言いに、寂しさを感じる暇もなく、ただただ面食らって驚いたのを今でもよく覚えています(3歳下にまだ甘え盛りの次女がいたおかげで、気が紛れていたのもありました)。

そんな長女ですが、中学3年生のときにお小遣いの「前借り」を頼んできたことがありました。

「来月分が減ってもええんやな?」 「うん」 「じゃ、これ書いて」 「えっ!」驚く娘の前に紙とペンを差し出し、「前借りは借金やで。当たり前のこと」と言って、手書きの借用書に名前と日付を書かせました。

借りたものはきっちり返すのが当たり前。世の中の仕組みとして、本来なら利息がつくこともしっかり伝えました。

そしてその借用書を、毎日必ず目に入る冷蔵庫のドアにペタッと貼ったのです。

翌月、お小遣いが減ってきっちり大変な思いをした娘。

見かねた妹から「次から全部使わんと、少し残しとき。そのほうが楽やで」とアドバイスされていました。

それ以来、娘が2度目のサインをすることはありませんでした。今となっては、思わず笑みがこぼれる懐かしい思い出です。

子離れの寂しさと、重なった心の病

月日は流れ、長女も母となり、息子(私の孫)を育て上げようとしていました。

数年前、中学生になった孫が、娘と買い物に行かなくなりました。 幼い頃は毎日のように「ママ大好き!」と言ってくれていた息子だっただけに、娘の落ち込みようは見ていて痛々しいほどでした。

「息子が親離れするって、こんなに寂しいもんなんやなぁ……」

私が昔あっけらかんと味わったあの瞬間を、娘は何倍もの寂しさとして噛みしめていたようでした。

そうして「子離れ修行」の真っ只中にあった娘が、昨年、躁うつ病を発症してしまいました。

生きてる限り、ずっと近くで見守る

病気と闘う娘の家へ顔を出すと、以前の快活さはどこへやら、消え入りそうな声でこう言います。

「お母さん、ありがとう。顔を見ると元気が出るわ」

中学生でさっさと親離れをして、すっかり大人の女性として生きてきた娘が、今こうして私を求めてくれています。

あんなに早く私の手を離れていったあの子が、48歳になった今、再び母の存在を必要としている。親と子の縁とは、本当に不思議で深いものです。

どれだけ歳を重ねても、子どもは子どものまま。

私が元気で生きている限り、焦らず、寄り添い、ずっと近くで温かく見守っていこうと思っています。

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