【58歳の恐怖体験】自転車事故と脳血栓の危機一髪!3ヶ月の入院生活と命を救われた奇跡

3回目の結婚生活

12年前、当時58歳だった私が体験した、人生最大の危機。

孫の保育園の発表会へ向かう途中に起きた突然の自転車事故、そして入院中の夜に襲ってきた思いがけない身体の異変——。

「あの時、もう少し若かったら……」「なぜ私が……」と絶望しかけた私を救ってくれたのは、家族の優しさと、奇跡的な運の強さでした。

丁寧な看護とドクターの迅速な対応、そして後に再婚した夫から言われた「お前、しぶといな」の一言。

人生には予期せぬ出来事が突然やってきますが、生きていることへの感謝を心から実感した、私の忘れられない体験記をお届けします。

孫の発表会へ向かう爽やかな朝、突然の惨劇

12年前、58歳だった私は京都に住んでいました。

その日は爽やかに晴れた朝9時。近くに住んでいた娘一家の孫が出演する「保育園の発表会」へ向かうため、私は軽快に自転車を走らせていました。

真っ直ぐな道を進み、とある銀行の前に差し掛かった時のことです。

「ん?」

銀行の駐車場から、おじいさんが運転する車が出てくるのが見えました。 ドライバーは右ばかりに気を取られ、左折して道路に出たがっている様子。

「こっち(左)も見てよ〜〜!!」

心の中で叫んだ瞬間でした。

あ、あ、あ〜〜!!

時間にしてわずか2秒ほどだったはずなのに、まるで超スローモーションのように世界が遅くなりました。 ガシャーン!という衝撃とともに、車の左前に私の自転車の前輪が衝突。

私はそのまま倒れ込み、右足が道路と自転車の間に挟まれてサンドイッチ状態に!

「痛い!痛い!!!助けて!!!」

激痛に叫ぶ私のもとへ、たくさんの人が駆け寄ってくれました。まもなくパトカーと救急車のサイレンが響き渡りました。

娘夫婦への申し訳なさと、カタコトの優しい言葉

病院で娘に連絡を取ってもらい、駆けつけてくれた娘夫婦が入院の手続きをすべて進めてくれました。

実はその日、娘夫婦は城崎温泉へ旅行に行く予定だったのです。私はその間、孫の世話を引き受ける約束をしていました。

せっかくの旅行を台無しにしてしまった申し訳なさでいっぱいで、私は娘婿に謝りました。

「ごめんね〜〜……」

すると娘婿は、私の顔を覗き込んでこう言ってくれたのです。

「いいよ。いいよ。痛いね……頑張って!」

カタコトの日本語でかけてくれたその温かい言葉に、涙が出そうでした。

(あぁ、私がもう少し若かったら車をうまく避けられて、こんな事故には遭わなかったのかな……)

そんな後悔が頭をよぎりましたが、現実は厳しく、診断結果は「右脛骨高原骨折(みぎけいこつきょうげんこっせつ)」。 ここから、3ヶ月におよぶ長い入院生活と、計3回の手術という過酷な日々が始まりました。

1回目の手術の夜に起きた、もう一つの危機

本当の恐怖は、1回目の手術が終わったあとの夜にやってきました。

ベッドで痛み止めの点滴を受けていた時です。

「ん?……なんだか針を刺している左腕が痛い……」

違和感を覚えてナースコールを押し、駆けつけてくれた看護師さんに状況を説明しようとしました。

え?……なんか、喋りにくい? 顔の左側に力が入らない……動かない?!

私の様子を見た看護師さんの顔色が変わり、オロオロしながら婦長さんを呼びに走りました。

やってきた婦長さんは、私を一目見るなり「すぐ先生を呼んで!早く!」と大声で叫びました。

夜の病棟に走ってくる医師の足音。 「え? 私、そんなに大変なことになってるの……?」 一気に大きな不安が押し寄せてきました。

駆けつけた先生が私の顔を覗き込みます。 「『は・ひ・ふ・へ・ほ』って言ってみてください!」

私は必死で「はひふへほ……」と繰り返しましたが、口がうまく回らず、ちゃんと言えていないようでした。

「すぐCTの用意をして! 血栓だ!」

そこからは怒涛の展開でした。車椅子で緊急の検査室へ運ばれていき、病棟全体がバタバタと慌ただしく動いていました。

奇跡の連続と「お前、しぶといな」

幸運なことに、翌朝には顔の麻痺も戻り、言葉もスムーズに話せるようになっていました。

後から婦長さんに聞いて知ったのですが、私の手術を担当してくださった執刀医の先生が、なんとその夜たまたま当直で病院に残っていたのだそうです。だからこそ、あの迅速な対応が可能だったとのことでした。

もし先生がいなかったら……と思うと、今でも背筋が寒くなります。

その後、私は62歳で再婚しました。

数年前、夫にこの事故と血栓の話をしたことがあります。一通り話し終えると、夫は呆れたように、でも愛おしそうにこう言いました。

「お前、しぶといな」

その言葉を聞いて、思わず笑ってしまいました。

でも本当にその通りかもしれません。 きっと神様が、「お前はまだ生きなさい、もう少し下界で頑張りなさい」と助けてくれたのだと思っています。

あの時助けてくれた医療従事者の方々、優しく支えてくれた家族、そして今こうして生きている奇跡に、心から感謝の気持ちでいっぱいです。

生きているって、本当にありがたいですね!

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