「高校の同級生の元カレと、40年も経ってから再婚する」
それはまるで映画のような話。私もそう信じていました。
18歳の頃のときめきを胸に、62歳で3度目の結婚を選んだ私。しかし、結婚生活2年目にして気づいたのは、残酷な「記憶のいたずら」でした。
18歳の記憶に導かれた、62歳の再婚
老け込んでいた私に、青春の輝きを思い出させてくれたのは、高校時代の同級生である「元カレ」でした。
私の記憶の中には、19歳の時に二人で行った愛知県・明治村でのデートが、色鮮やかに残っていました。夕暮れ時、街灯が灯り始めた道で繋いだ温かい手の感触。その温もりが忘れられず「もう一度あの手に触れたい」と願って再婚を決めたのです。
「理想の彼」から「豹変した夫」へ
しかし、結婚生活は想像とは程遠いものでした。 「具合が悪い時は言おう」という約束は、いざ肘を痛めた私への「泣き言を言うな!」という怒声に消えました。
「サザエさんみたいで楽しい」と言ってくれた優しさは、「よく今まで生きてこれたな。失敗した、寿命が縮む」という人格否定に変わりました。
極めつけは、二人で話し合おうとした時の言葉。 「何も言うな、お前が我慢しろ!誰のおかげで飯が食えてるんだ」 そして、あざ笑うかのように放たれた「騙されたお前が悪い」という一言と「俺は絶対に謝らん」
末期がんを患う夫を見捨てられない自分と、日に日に主人が嫌いになっていく感情の間で、私はボロボロになっていました。
40年目の真実:あの手の主は、誰?
ある日、夫がふと言ったのです。 「悪いけど、明治村のデートなんて全く記憶にない」
私は耳を疑いました。あんなに素敵だった思い出を忘れてるなんて。 必死に記憶を辿りました。
夕方の明治村。灯り始めた街灯。理系チックな解説をしてくれた彼。 半分も分からなかったけど「へぇ、そうなんだ」と言って見上げた、その顔は……。あっ!
……夫ではない、別人でした。あ〜そうだ!あの人だ。あの人の手だったんだ。なんと・・・名前もはっきり思い出した。そうだった、あの人だ。今更・・・
思い込みが作った「偽りの運命」
40年間、私は別の人との思い出を、勝手に夫のものに書き換えていたのです。 あの温かかった手の主は、彼ではなかった。
2回目の結婚相手とは、デートでボーリングに行って、ストライクを出してハイタッチしたとき、あの明治村のデートの手の感触にそっくりで、懐かしい気持ちが込み上げて再婚の大きなきっかけになったというのに・・・
私がしがみついていたのは、今の夫ではなかった。でも・・・いつ?あの人が主人と入れ替わったんだろう?何とすごい私の勘違い。
娘に思わず漏らしました。 「思い込みって、ほんまにすごいな・・・」私らしいと笑われました。
心って不思議
過去の記憶は、時に自分に都合よく美化されます。 特に苦しい時、人は「あの頃は良かった」という幻想に逃げ込んでしまうのかもしれません。
私が愛していたのは、夫ではなく「私の中の思い出」だった。 その事実に気づいた今、私はこの現実と向き合っていくしかない。記憶の書き換えという、心の不思議に翻弄された私の独白でした。
人生は全て自分の責任
とんでもない勘違いをしてしまったが、再婚を決めたのは自分。
「人生は全て自分の責任だよ」と娘に言われた。そう自分で決めた。
1年前に余命宣告された主人。今月看取りました。8年間、苦渋の多かった結婚生活が終わり、棺桶の主人の顔を見ても涙が出ませんでした。今後の不安はあるけど、ホッとしてる自分がいます。
義兄さん、義姉さんから「弟と再婚してくれてありがとう。これからも家族やからな。」そう言われたとき、勘違いしてよかったんだと思いました。
まだまだ続く私の人生。楽しく生きよう!
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