【人生の航海】「生まれ変わったらもう二度と船には乗らない」と言い切った夫の、誇り高き船乗り人生

「今度生まれ変わったら、もう二度と船には乗らん!」

そう言って笑っていた夫は、60歳まで大型カーフェリーの甲板長として、大勢の命を乗せて海を渡り続けてきました。

高校卒業後に営業職として入社した夫が、どうしても諦めきれなかった「船を操る」という夢。

何の知識もないまま飛び込んだ世界で、彼はひたすらに学び、誰にでも教えを乞い、その実直さで多くの仲間に愛されました。

今年の4月、70歳で夫が旅立ったあと、かつての仲間たちが口々に言った「同じく、もう船は御免です」という言葉。そして、夫のスマホに「アニキ」と登録されていた元同僚からの、震えるような感謝と別れの電話。

62歳で再婚した私が見た、頑固でプライドが高く、でも誰よりも仕事に真っ直ぐだった「元船乗りの夫」の素顔と、彼が遺してくれた温かい絆についてお話しします。

夢を叶えるために選んだ「無知」からのスタート

夫は大型カーフェリーの船乗りでした。

高校卒業後、18歳で入社した当初は営業・接客を担当していましたが、彼の心には常に「甲板で働きたい」という幼い頃からの憧れがありました。

入社1年後、ついに念願の部署異動を叶えます。

しかし、そこは水産高校や大学で専門的な航海術を学んだエリートたちが集う世界。何の基礎知識も持たない夫にとって、現実は想像以上に過酷なものでした。

夫はよくこう言っていました。

「自信なんて微塵もなかった。だからこそ、分からないことは年下であろうと誰であろうと聞きまくったんだ」

そのひたむきさと、持ち前の人懐っこさ。彼は周囲の人々に支えられ、船を動かすという「大勢の命を預かる責任」を、全身全霊で学んでいきました。

「二度と乗りたくない」に込められた誇り

60歳で定年を迎えた夫は、充実した表情でこう言い放ちました。

「仕事は精一杯楽しんだ。でもな、もう二度と船には乗らん!」

その言葉の意味を、夫が亡くなった後に深く知ることになります。

今年4月、70歳で夫が癌で逝去した際、現役の後輩たちが弔問に訪れてくれました。彼らもまた、夫と同じように「もう二度と船には乗りたくないですね」と笑いながら話していたのです。

20日間の過酷な乗船勤務と、わずか10日の休日。

彼らにとって船は、単なる仕事場ではなく、過酷な緊張感と隣り合わせの「戦場」だったのでしょう。その言葉は、過酷な海を乗り越えてきた者だけが共有できる、ある種の「誇り」のように私には聞こえました。

スマホに残された『アニキ』からの最期のメッセージ

遠方の友人や退職者の方々へ訃報を知らせると、一人の男性から電話がありました。

85歳になるその方は、現役時代、夫にとって兄弟のように親しい存在だったそうです。

「私はまだ生きてる。もっと前に、会いにいけばよかった」

電話越しに声を詰まらせるその方は、夫の仕事熱心な一面や、共に酌み交わした酒の味、何気ない会話を、一つひとつ噛みしめるように語ってくれました。 夫のスマホの連絡先リストに『アニキ』と記されていたその人。

62歳で夫と再婚した私は、夫の頑固さやプライドの高さをよく知っていました。

だからこそ、これほどまでに誰かに惜しまれ、泣いてもらえるほど、彼が懸命に、そして誠実に人生を歩んできたのだということに、驚きました。

夫が残した人生の航海図は、決して穏やかなものばかりではなかったかもしれません。しかし、その航路には確かに、彼を支えた多くの「絆」という港が存在していました。

あなたの人生を、私は誇りに思います。

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