【早期発見の大切さ】義兄の甲状腺がん手術と、余命宣告を受けた夫の闘病から思うこと

3回目の結婚生活

「ただの風邪だと思っていた」「もう少し様子を見よう」 その油断が、取り返しのつかない事態を招いてしまうことがあります。

昨日、義兄が甲状腺がんで手術を受けました。

幸いにも初期段階だったため、内視鏡手術で1週間の入院予定とのこと。その安堵感とともに、私の胸をよぎったのは、今年4月にこの世を去った夫のことでした。

夫が咽頭がんを患い、診断時にはすでにステージ4であったこと。

そして、そこから始まった壮絶な闘病生活と、最後のお別れまで。 「もっと早く病院へ行っていれば……」という後悔は、時間が経った今も消えることはありません。

今回は、義兄の早期発見のニュースに触れ、改めて痛感した「小さな体のサイン」を放置することの怖さと、私たちが今できることについて綴ります。

小さな異変、そのサインを見逃さないで

昨日、義兄が甲状腺がんの手術を無事に終えました。

幸いなことに定期的な血液検査で発見された初期の癌でした。1週間の入院で済むと聞き、本当に良かったと胸をなでおろしました。

このニュースを聞いて、私は亡くなった夫のことを思い出さずにはいられませんでした。

夫が隠し続けた「声のかすれ」

思えば、夫は「声が枯れた」という異変を1年間も放っておきました。「自力で治す」と意地を張っていたのです。

決定的なきっかけは、髭剃り中にカミソリで頬を切ったときのことでした。

全く痛みを感じなかったというのです。「なぜ痛くないのか?」という疑念を抱き、ようやく一人で病院へ。結果は「咽頭がんステージ4」。

その告知の衝撃は、計り知れないものでした。

帰宅途中に追突事故を起こしてしまうほど、夫の心は混乱していたのです。すでに右腕に痛みがあったこともあり、正常な運転ができる心理状態ではなかったのでしょう。

放射線治療と、追い打ちをかけたコロナ禍

診断時、転移は認められず、放射線治療を受けることになりました。手術は声帯を傷つけ、声が失われるリスクがあるとの判断でした。

しかし、入院生活は過酷を極めました。ちょうどコロナ禍の真っ只中。夫は院内でコロナに感染し、2週間の完全隔離を経験しました。

「放射線治療は耐えられたけれど、病室でたった一人、高熱にうなされながら白い壁を見つめているときは、このまま死ぬのかと思った」

そう語る夫の姿は、とても脆く、悲しいものでした。

味覚障害に苦しみ、体重は3ヶ月で6kgも減少。さらには、右腕が動かなくなり、三角巾で吊るす生活を余疑なくされました。

始まった「死へのカウントダウン」

3ヶ月後、癌は無情にも胸骨と肺へ転移しました。

肺には無数の小さな癌が広がり、手術は不可能という宣告。胸骨への放射線治療が始まりましたが、その時すでに「完治は難しい」と告げられました。

手術ができるのは、まだ切って取り出せる量の癌がある時だけ。

夫は、一度も手術を受けることができないまま、昨年4月に余命1年を宣告されました。

そして、今年4月、夫は静かに旅立ちました。

命を守るための「受診」という選択

義兄の早期発見と、夫の闘病。対照的な二人の姿を目の当たりにし、私は強く思います。

「痛くないから大丈夫」「忙しいからまた今度」。その言葉は、自分を後回しにするための言い訳かもしれません。

定期的な検診と、体の些細な違和感を大切にすること。

それが、今を生きる私たちが、残された時間を家族と穏やかに過ごすためにできる、唯一の恩返しなのだと感じています。

皆さんは、最近健康診断に行かれましたか? 体の小さなサインを、どうか見逃さないでくださいね。

#3回目の結婚日記#シニアブログ#70代

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