今年70歳を迎えた私。
振り返れば、私の日帰り温泉・スーパー銭湯好きは、もう四半世紀以上も続いています。
きっかけは27年前、友人家族と訪れた「シルク温泉」の感動でした。
大きなお風呂に手足を伸ばし、お肌がツルツルになるあの快感を知って以来、旅先でも観光よりお風呂がメインになるほどすっかり虜に。
そんな私が京都に住んでいた頃、「遠くまで行かなくても、一日中楽しめる最高の温泉があるよ」と教えてもらったのが、滋賀県・雄琴温泉の『あがりゃんせ』でした。
一度訪れてそのスケールと居心地の良さに驚き、すっかり常連になった大好きな場所です。
その後、62歳での再婚を機に少し足が遠のいていましたが、今から4年前、「どうしてもあそこへ行きたい!」と夫を誘ったことがあります。
返事は案の定、「俺は行かん!」。それならしめたもの、気ままな1泊の“おひとりさま温泉旅”へ出かけることにしました。
広い湯船に浸かりながら交わした、見知らぬ人たちとのあたたかい会話。
そして、今年4月に旅立った夫との思い出。心も体もほどけた、あの特別な一日を綴ります。

私がスーパー銭湯にハマった原点「あがりゃんせ」
大きなお風呂でゆったり手足を伸ばし、湯上がりの肌に触れてはニンマリする――。
27年前に「シルク温泉」でその心地よさを知って以来、私の温泉好きはずっと続いています。
当時暮らしていた京都から「もっと気軽に行ける良いところはないかしら」と思っていたとき、友人に勧められたのが滋賀県雄琴温泉の『あがりゃんせ』でした。
「一日中ゆっくりできて、何度でもお風呂に入れるよ」
その言葉通り、初めて足を踏み入れたときは本当に驚きました。
広々とした大浴場につぼ湯、天然温泉、開放的な露天風呂、サウナや岩盤浴。
それだけでなく、あかすりやマッサージ、食事処はもちろん、リクライニングチェアが並ぶ広い休憩室にずらりと揃ったコミック、さらには大衆演劇の劇場まで。
「ここは一日中いられる極楽だわ!」とすっかり惚れ込み、京都にいた頃は月に一度のペースで通い詰めていました。
夫の「行かん!」で決まった、ご褒美の一泊ひとり旅
月日は流れ、62歳で3回目の結婚をしてからは少し場所が離れ、あがりゃんせに行く機会も減っていました。
けれど4年前、ふつふつと「やっぱり、どうしてもあそこに行きたい!」という思いが湧き上がってきたのです。
ダメ元で夫に「一緒に行かない?」と声をかけてみました。 すると返ってきたのは、 「俺は行かん!」 という、まさに予想通りのそっけない一言。
心の中で思わずガッツポーズ。
「やった〜〜!それなら一人で一泊して、のんびり命の洗濯をしてこよう!」と、心躍らせながら出かけました。
湯船で出会った、笑顔がまぶしい76歳のおばあちゃん
大きなお風呂に身を沈め、ふぅーっと息を吐き出す瞬間は、まさに至福のひとときです。
あがりゃんせの湯船では、旅ならではの温かい一期一会がありました。
お風呂で隣り合わせになり、自然と言葉を交わした76歳のおばあちゃん。
お話を伺うと、なんとご自身は大腸がんの治療中で、ご主人も胃がんで闘病中とのことでした。
「抗がん剤で髪が2回も抜けちゃったのよ。でも見て、今はこんなにフサフサ!」 そう言って笑うおばあちゃんは、ご夫婦で湯治に来られているそうでした。
「私が明るくしないとね、主人がふさぎ込んじゃうから」
ニコニコと、まるで何でもないことのように語るその眩しい笑顔に、胸が熱くなりました。
夫婦で病と向き合いながら、こんなにもカラッとした明るさで日々を照らしている。その姿から、どれほど大きな元気をいただいたかわかりません。
「ありがとう」と「ごめんね」が繋ぐ夫婦の絆
翌朝、また違うご夫婦との出会いがありました。
私と同世代に見えるご夫婦で、奥様がとっても素敵な笑顔の方。福岡の久留米から来られたそうで、あたたかみのある博多弁で気さくに話してくださいました。
自営業を営まれていて、何十年もの間、仕事もプライベートもずーっと四六時中一緒にいるのだとか。
それなのに、 「喧嘩もしたことがないとですよ」 と仰るので、私は思わず「ええーっ、すごい!秘訣は何なんですか?」と前のめりで聞いてしまいました。
奥様はふわりと笑って、教えてくれました。 「『ありがとう』と『ごめんね』をね、一日に何回も言い合うことですよ」
お話ししている間中、終始にこやかで穏やかな空気。
お互いを尊重し、言葉にして想いを伝え続けることの大切さが、そのご夫婦の佇まいから滲み出ていました。
「またどこかでお会いしましょうね!」と手を振りながら、あたたかい余韻が心に残りました。
亡き夫が遺してくれた、最初で最後の言葉
あのご夫婦の「ありがとう」と「ごめんね」という言葉が、今もふとした瞬間に胸に蘇ります。
今年4月、夫は空へと旅立ちました。 ぶっきらぼうで不器用で、「俺は行かん!」とどこへも一緒に行ってくれなかった夫。
そんな人が、息を引き取る3日前に、私に向かって初めて「ありがとう」と言ってくれました。
8年間を共にして、最初で最後の、たった一度の「ありがとう」でした。
そういえば、「ごめんね」は一度も聞いたことがなかったな……。 そんなことを思い出しながら、苦笑い混じりに空を見上げるこの頃です。
それでも、あのとき夫が絞り出すように遺してくれた一言の温もりと、あの日『あがりゃんせ』の湯船で出会った方たちのあたたかな笑顔は、今の私の心をじんわりと支えてくれています。
命の洗濯をしに、またあの広大なお風呂へ行きたくなりました。 今度はどんな出会いと、どんな思いが待っているでしょうか。
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