26歳で離婚。手元には5歳と2歳の娘、そしてわずかな貯金だけ。 「これからは女性も手に職の時代だ!」とがむしゃらに働き、レストランや喫茶店を掛け持ちする日々。給料日前には財布から紙幣が消え、お米をお粥にして飢えをしのぎました。
あまりの過酷さに半年で倒れ、病院で「臓器衰弱」と告げられたこともあります。それでも私が、44年前に選んだその道を、一度たりとも後悔したことはありません。
今、当時の私と同じように、離婚という選択肢の前で立ち止まっている方へ。極限の貧しさの中でも決して失わなかった「誇り」と、娘たちに伝えたかった「生きる術」についてお話しします。
娘に差し出された小さなお財布
今でも胸が締め付けられる記憶があります。
ある日、スーパーのレジで私の後ろにピッタリくっついていた幼い娘が、支払いの時に小さな財布を差し出して言ったのです。 「ママ、お金が足りなかったら、私のこのお金使って!」
その言葉を聞いた時、私は親として何という未熟な姿を見せていたのだろうと涙が止まりませんでした。
大人になった娘は「ママが倒れるまで働いてもお金がないことを、子供ながらに分かっていた」と教えてくれました。娘たちには辛い思いをさせましたが、あの子たちはその経験を通じて、誰よりも早く強く育ってくれました。

「離婚を諦めた」友人たちの言葉
60歳の同窓会で、友人がポツリと漏らしました。 「私の一番の後悔は、あの若い時に離婚すればよかったこと。歳を取れば取るほど気力がなくなって、離婚ができなくなった」 当時、私の生活の悲惨さを知る友人たちは、離婚を諦めて夫婦関係を続ける道を選びました。
確かに、当時の私の生活は外から見れば「悲惨」だったかもしれません。でも、私は後悔したことが一度もありません。後悔したのは「離婚したこと」ではなく、「もっと経済的な計画をしっかり立てておくべきだった」という点だけです。
娘たちへ。誰にも頼らず生きていける力を
私は娘たちに、口を酸っぱくしてこう言い聞かせてきました。 「誰かに頼ることのない、一人でしっかり生きていける女性になりなさい。資格を持ちなさい。結婚なんてしなくていい。自分のやりたいことをやりなさい」
数年後、長女は美容師に、次女は歯科衛生士になりました。私が教えたことは忘れているようですが(笑)、二人が自分の力で食い扶持を稼ぎ、自立した女性になっていることが、私の人生の何よりの答えです。
今、迷っているあなたへ
「離婚したかったら500万円貯めなさい」 そんな現実的な言葉もあります。確かに経済的な準備は大切です。けれど、それ以上に大切なのは「自分の人生を自分の手で守り抜く」という覚悟ではないでしょうか。
苦しいときは、ただただ、今日一日を生き抜くことだけを考えてください。
その積み重ねが、やがて十年、二十年と続き、あなたを強くしてくれます。 暗闇は必ず明けます。どうか、あなた自身の人生を、誰かのためではなく、あなた自身のために選んでください。
#3回目の結婚日記 #70歳 #離婚 #人生の後悔

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