「結婚」という言葉の重みは、年齢を重ねるごとに少しずつ形を変えていくのかもしれません。
20歳で同じ日に結婚した友人と私。運命のように共通点の多かった二人ですが、50年後の今、彼女は金婚式を迎え、私は再婚した夫を癌で見送ったばかりです。
なぜ、私たちの人生はこうも違ったのか。 夫が余命を悟った時に口にした「花の苗を育てて、咲いた花が見れたらそれでいい」という言葉と、友人の夫が野菜作りにのめり込む姿。
土を触り、何かを育てるという行為の中に、夫婦の幸せの答えが隠されているような気がしました。
70歳の私が今、改めて思う「結婚」と「生きるということ」について、少しお話しさせてください。

20歳で始まった、二つの結婚生活
50年前、私が九州で、友人が三重県で、同じ日に結婚式を挙げました。
私たちは同い年の同期で、同じ会社で働いていた仲。お互いの結婚相手は船乗りで、どちらも長男。さらに実家は農家という、驚くほどの共通点を持っていました。
しかし、その後の歩みは対照的でした。 私は結婚して6年で離婚という道を選びました。一方の彼女は、今年で結婚50年の金婚式を迎えました。
振り返れば、私の最初の結婚は「女中・家政婦」のようでした。浮気を繰り返し、やっと帰ってきてもほとんど家にはいない夫。
結婚して数ヶ月も経たないうちに、心の中ではすでに離婚の文字が頭を掠めていたのです。
対して彼女の家庭は、とても温かいものでした。本当の娘のように可愛がってくれる優しい両親に囲まれ、ご主人は休日はいつもそばにいてくれる。彼女は二人を看取った今も「いい両親だった」と心から言います。
62歳での再婚、そして偶然の再会
62歳で、私は高校の同級生であり元カレだった男性と再婚しました。彼が三重に住んでいた縁で、なんと偶然にも、友人は目と鼻の先に住んでいたのです。
再会してからは定期的にランチに行って、たくさんの話をしました。昔、二人で今日旅行にも行きました。彼女と会って話すたびに、彼女は穏やかな時間を過ごして、それに満足していたもがよく分かりました。
「土を触る」夫たちの変化
最近、驚いたのが友人夫婦の暮らしぶりです。 船乗りを引退したご主人が、今は野菜作りに熱中し、それを「道の駅」に出荷しています。
「自分の作った野菜が売れる!」という喜びにハマったご主人の姿を見て、彼女もまた笑顔で支えています。
先日も、彼女から「今年も枇杷あげるよ!」と連絡がありました。 袋をかけて丁寧に育てられたその枇杷は、お店に並べるそばから、お客様の手が伸びるほどの人気ぶり。
彼女が「売れるのが嬉しかった!」と目を輝かせているのを見て、なんだか私まで嬉しくなりました。
そういえば、以前知り合ったバラ好きの奥様のご主人も、定年を機にバラ栽培にハマり、今では奥様以上に夢中になって近所へ切り花で配っているそうです。
土を触り、命を育てる。 余命宣告を受けた私の夫も、最後に「苗を育てて、その花が見れたらいい。」と言いました。 男性にとって、人生の終盤に「土」と向き合うことは、自分の人生を最後まで慈しむためなのかもしれませんね。
70歳、今を自分らしく楽しむ
そんな彼女と、最近は二人で朝晩のシートマスクを日課にしています。 「頑張ってるよ~」と見せ合う素肌に、少しずつハリが戻ってきた気がします。
彼女の肌にツヤがあるのは、きっとシートマスクだけではなく、夫と二人で土を耕し、日々の生活を丁寧に楽しんでいるからなのだと思います。
人生の秋を迎え、私たちはようやく「本当に大切なもの」に気づき始めました。
結婚という形も、人生の長さも、人それぞれ違います。
でも、どんな形であれ、最後に「今日という日を大切にできた」と思えるなら、それは素敵な人生だったと言えるのではないでしょうか。
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