「これから夜の10時過ぎまで……毎日毎日……あと何年続くやら」
先日、私が勤めるホームセンターのレジに、大量のウェットティッシュを抱えた老夫婦が来られました。保育園が終わる夕方から夜遅くまで、週に5日、二人の孫を預かっているのだそうです。
「楽しいでしょう?」と声をかけるつもりだった私の言葉は、二人の疲弊しきった表情を見た瞬間に止まってしまいました。
「こんな人生のはずでは……」と奥様が呟き、ご主人はただ力なく首を振る。 彼らの目下の夢は、「夫婦だけでのんびり温泉に行くこと」。
70代という年齢で、連日これほど長時間の子育てを担うのは、正直に申し上げます。「絶対」に辞めたほうがいい。 そう強く感じてしまいました。

私が歩んだ「孫との時間」
私もかつて、43歳で再婚し、58歳で離婚したのち、娘夫婦と同居していた時期がありました。
57歳の時に交通事故に遭い、退院時は杖なしでは歩けない状態。そんな状況で始まった同居生活でした。
当時の孫は、小学生が二人と保育園児が一人。 私は家事を担当し、学校行事にもすべて参加しました。孫たちからたくさんの感動をもらい、正直に言えば、とても楽しい日々でした。
還暦のお祝いには家族みんなで城崎温泉へも行きました。
今振り返っても、あの数年は人生の中でも特に充実感を得られた時間だったと感じています。
なぜ、私は疲弊しなかったのか
同じ「孫の世話」でも、なぜ私と、あのレジで出会ったご夫婦はこれほどまでに違うのか。 その答えは「娘のあり方」にありました。
私が同居生活を心から楽しいと感じられたのは、娘が私を一人の人間として大事にしてくれたからです。
家事が不得意な私がやることに対して、決して文句を言わず、いつも「ありがとう」と言葉にしてくれました。何回も何回も聞いた「ありがとう」。娘婿も娘も孫からも言われた「ありがとう」。
娘夫婦との間には、適度な敬意と感謝が存在していたのです。
「孫疲れ」の先に残るもの
あの老夫婦の言葉から、私は改めて家族の距離感の大切さを学びました。
もし、娘から感謝もされず、ただ「便利な無料の保育士」として扱われていたら、私も今のあの夫婦のように「こんな人生のはずではなかった」と嘆いていたかもしれません。
70代からの人生は、誰かのためにすべてを捧げる時間ではありません。 もちろん、孫は可愛い。でも、何よりもまず「自分自身」を大切にしてほしい。
夫婦で温泉に行きたいというその夢は、遠慮することなく叶えるべき「正当な権利」です。
レジで見たあのご夫婦に、もしもう一度会えるなら伝えたい。
「孫育ては、無理をしないことが一番の愛情ですよ」と。
そして、今の穏やかな日々があることに、改めて遠く離れた娘への感謝の念が湧いてきました。
今、孫の世話で必死になっている誰かに、この想いが届きますように。
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