躁状態が本当に怖い…48歳娘の双極性障害。孫のケアと親の限界、同居を選ばない理由

家族のかたち

昨年、48歳になる娘が「躁うつ病(双極性障害)」と診断されました。

今はひどいウツ期に入り、「毎日死にたい」「生きていけるかな」と繰り返す娘の言葉を聞くたび、私の寿命が縮むような思いをしています。

溜まった家事を手伝い、孫の朝食を作るために娘の家へ通う日々ですが、3日も経つと私自身の心と身体が悲鳴を上げ始めます。助けたい、でも同居はできない――。

さらに本当に恐ろしいのは、これからやってくるかもしれない「躁状態」の暴走です。

完治はないと言われた病気とどう向き合い、家族はどうやって共倒れを防ぐべきなのか。

同じように大人の子どもの精神疾患に悩む親として、今感じている葛藤と現実をありのままに綴ります。

繰り返される「死にたい」の言葉と、ウツ状態の娘

「毎日、死にたいって思う……」

もう何度、娘の口からこの言葉を聞いたでしょうか。

48歳になる娘が昨年「躁うつ病(双極性障害)」と診断されてから、娘がこの言葉を吐き出すたびに、私の寿命が少しずつ削られていくような感覚に襲われます。

今の娘は、重いウツの状態です。

数ヶ月前の「躁状態」のときに自分がしてしまった言動を思い出し、 「なんであんなことしたんだろう……なんであんな酷い言葉を言ったんだろう。バカな私……」 と激しく後悔しては泣き崩れます。

「私なんて居ない方がいいんだ」 「仕事ができなくなるかもしれない、生きていけない……」

毎日のように繰り返される強い不安と自己否定の言葉。聞いているこちらの胸も押しつぶされそうになります。

娘の家で見た現実と、孫の健気な姿

見かねた私は、娘の家へ通って家事を手伝うことにしました。 シンクに溜まった大量の洗い物を片付け、溜まっていた洗濯機を回し、栄養のある食事を作り置きする。

娘は「ありがとう……ちゃんと食べるようになったから、体調が少し良くなったわ」と言ってくれました。その言葉に少しだけ救われます。

そして、何より胸が痛んだのは孫の存在でした。

学校とアルバイトを両立しながら踏ん張っている孫は、私が朝ごはんを作ると「ありがとう!」と嬉しそうに食べてくれます。朝食抜きの生活が続いていたようです。

そして、ポツリとこう聞いてきました。 「いつまで居れるん?」

母親のウツと躁という、180度違う激しい波を目の前で見せ続けられている孫。

どれほど心が混乱し、気を張り詰めて耐えていることでしょうか。孫の負担を少しでも減らしてあげたいと強く思いました。

「私が潰れては本末転倒」――同居ではなく、近居を選ぶ

私が行けば、娘の生活は整い、体調も少し持ち直します。 孫も安心してくれる。

けれど――残念ながら、私は70歳。身体は3日目を過ぎたあたりから不調を訴え始めます。

娘の張り詰めた空気、暗い言葉の重み、そして家事の負担。どんなに我が子が大切でも、親である私自身が倒れてしまっては本末転倒です。

どこまで手を出して、どこで引くべきなのか。その「線引き」が本当に難しい。

娘を助けたい気持ちは山々ですが、「同居」という選択肢は絶対に無理だと痛感しています。

親がすべてを背負い込めば、共倒れになる未来しか見えません。

だからこそ、これからは「電車で1時間内の距離に引っ越して、外からサポートする」という形をとろうと考えています。

本当に怖いのは、ウツではなく「躁状態」

世間では「ウツ」の辛さがよく取り沙汰されますが、家族として心底恐ろしいのは、実は「躁状態」のときです。

今のウツ状態の娘はおとなしく、マイナス思考ではあるものの人の話を聞く耳を持っています。今回の波では、なんとか仕事にも行けています。

問題は、躁状態です。 あの状態になると、完全に手がつけられなくなります。

人の意見には一切耳を貸さず、根拠のない万能感に包まれ、「自分はもっと稼げる」と思い込んで湯水のようにお金を使い込んでしまう……。

あの暴走する姿を思い出すだけで、今でも恐怖で身体が震えます。

本人の記憶が完全に消えるわけではないのが唯一の救いです。

「あのときあんなに後悔した」という学習能力を信じるしかありませんが、次の波がいつ来るのかという不安は常に消えません。

「完治はしない」という現実を受け入れ、制度を頼る

先日、主治医から「精神障害者保健福祉手帳を申請してもいいかもしれませんね」と提案がありました。市役所で申請手続きができるそうです。

手帳を持つことで、税制上の優遇や医療費助成、各種公共サービスの減免など、今後の生活を守るためのセーフティネットが広がります。

「この病気は完治しません」

医師からそう告げられたとき、突きつけられた現実の重さに息が詰まりそうでした。娘はこれから、一生この病気と付き合い、波と共存していかなければなりません。

家族だけで抱え込まず、利用できる制度や福祉の力も借りながら、適度な距離を保って見守っていくこと。それが、私がこの先も娘と孫を支え続けていくための、唯一の道なのだと自分に言い聞かせています。

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