62歳、人生の再出発として選んだのは、高校時代の同級生であり、かつての恋人との再婚でした。
しかし、待ち受けていたのは想像を絶する「地獄」のような日々。仕事終わりの疲れ果てた私を待ち受ける、冷たい視線と心ない言葉の数々。たった2年で6kgも痩せてしまった苦悩の生活の全貌を、今、夫の死を機に書き残すことにしました。
なぜ人は、誰かを追い詰めるのか。そして、環境が変われば人は本当に変われるものなのか。私の記録が、誰かの心の解放につながることを願って。

32歳の娘との同居、始まった地獄のカウントダウン
62歳で迎えた3回目の結婚。相手は高校時代の同級生で、元カレでした。夢見ていたのは、二人で近所を散歩したり、カラオケに行ったりするような穏やかな老後。しかし、32歳の娘ちゃんとの二人暮らしが始まった瞬間から、私の生活は一変しました。
最初の2年間で体重は6kg落ちました。仕事の疲れ以上に、心を削り取るような日々の連続で食欲が減退したからかもしれません
助手席の向こう側にある「見えない壁」
ホームセンターでの仕事が終わる午後8時。スーパーの駐車場で主人を待つ間、エンジンの音が聞こえると嫌な予感がしました。「また、義娘が乗っているのでは?」。案の定、助手席には娘ちゃんが座っています。
膝の痛みを抱える私にとって、狭い後部座席は苦痛以外の何物でもありません。しかし、娘ちゃんは決してシートを前に動かそうとはせず、主人もそれを注意することはありませんでした。それどころか、私が「疲れている」と漏らせば、「聞く相手のことを考えろ!」「俺を怒らせるな!」と、長い説教が始まります。
食卓でも、車内でも、私には罵詈雑言が投げつけられる一方で、娘ちゃんに対しては無関心。私の居場所は、どんどん狭くなっていきました。
「守ってくれない」という決定的な絶望
決定打は、半年後に仕事中の転倒で、仙骨を骨折した時のことでした。心身ともにボロボロだった私に対しても、車内での扱いは変わりません。主人は、娘ちゃんに後部座席へ移るよう促すことさえしなかった。その時、私は「ああ、この人は私を守ってくれないのだ」と悟りました。
しかし、不思議なことに、その絶望が私を救ってくれました。まるで神様が「一緒に車に乗ってはダメだ」と教えてくれたかのように、私はそこから極力、彼らと物理的な距離をとる道を選んだのです。
そう・・・あの父と娘はお隣さん!そう思うと少し気も晴れました。
夫の永眠。そして、義娘の豹変
今年4月、主人が永眠しました。 驚いたのは、地獄のような生活の主人公だった義娘ちゃんの変化です。あれほど傍若無人だった彼女が、主人が死んだ途端に180度変わってしまったのです。
頼る人を失った途端、人はこうも変われるものなのでしょうか。母親とも疎遠で、唯一の支えだった父親を亡くした彼女の姿を見て、私はただただ驚きました。
私は、ようやく「自分」を取り戻した
「お前がいなければもっと自由に生きれた」「お前は迷惑だ」……そんな言葉を何十回も言われました。だからこそ、私は決めていたのです。「いつか必ず自立しよう。この家に自分の居ない時間をもっと増やそう」と。
夫との再婚は、私にとって人生最大の試練でした。けれど、この地獄があったからこそ、私は「自分の機嫌は自分でとる」「自分を誰よりも大切にする」という強さを手に入れることができました。
今はもう、誰の顔色を伺う必要もありません。 遺族年金の手続きの帰りスキップして帰れるくらい嬉しかったです。ようやく手に入れたこの自由を、自分のためだけに慈しんで生きていこうと思います。

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