「満足死」とは?末期癌の主人。延命治療はしない。在宅診療での穏やかな日常

夫が下咽頭癌のステージ4と診断されてから4年。 現在70歳。放射線治療、抗がん剤治療、転移、そして余命宣告。 「長くて1年」と言われたその1年が今、過ぎようとしています。 闘病の中で私たちが選んだ「在宅診療」と、夫が求めた「満足死」への道のりです。

余抗がん剤治療に心身が削られた日々

2022年。コロナ禍に夫の癌発覚して入院。夫は強い抗がん剤治療を選びました。 「痛み止めだけで穏やかに過ごす方法もあるよ」という私の言葉は即座に却下され、夫は戦う道を選んだのです。

結果は非情でした。肺への転移、激痩せ、そして「もう治療法はありません」という医師の言葉。 病院の帰り道、どんどん小さくなっていく夫の背中を見て、抗がん剤のキツさに驚きました。

延命治療をしないは「救急車を呼ばない」ということ

2025年5月、夫は延命治療をしない決断をし、在宅診療へと切り替えました。

訪問診療の先生から言われた言葉は、今も忘れられません。 「家で倒れても、絶対に救急車は呼ばないでください。救急車は命を助けるためのもの。一度チューブを繋げば、亡くなるまで外せません。」 それは、意識がなくてもただ生きてるということ。費用もバカにならない。

死を待つことではなく、「どう生きるか」を決める覚悟でした。

在宅診療がもたらした、奇跡のような時間

驚いたのは、治療をやめてからの夫の変化です。 病院通いで疲れきっていた夫が、先生の訪問を心待ちにし、診察の後は見違えるほど元気になりました。

寝たきりだった夫が1年ぶりに庭に出て、大好きな花を触り眺めてる。バスに乗って買い物にも行く。 お寿司やピザを「美味しい」と頬張る姿を見たときは本当に驚きました。在宅療養には自由があり、本人の「心地よさ」を優先した結果が、そこにありました。

満足死とは、看取る側も満足すること

2026年4月。余命宣告の期限を迎え、夫は再び足の自由を失いつつあります。 在宅診療の先生の著書に、こんな言葉があります。 「満足死とは、亡くなる側と看取る側の双方が満足していなければ成り立ちません」

抗がん剤で弱っていく夫を見ていた時は、辛かったです。 でも今は、夫が自分の意志でタバコを吸い、花を愛で、好きなものを食べる姿を見ています。 夫にとっての「満足」は、きっと病院のベッドの上ではなく、この家の縁側にあるのだと確信しています。

おわりに

残された時間は、もう長くはないかもしれません。 けれど、今日夫が「なんか調子がいいな」と笑ってくれるなら、それだけで私たちの選択は正しかったのだと思います。 これから訪れる最期の時まで、私たち夫婦なりの「満足」を積み重ねていきたいです。

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