【在宅診療のリアル】余命宣告から1年。夫の「したいように」に寄り添った悔いなき看取り

こんにちは。 今年4月、70歳だった主人が旅立ちました。

昨年4月に「長くて1年でしょう」と余命宣告を受けてから、ちょうど1年。私たちは「在宅診療」という道を選び、主人は自宅で本当に自由に、自分らしく過ごしました。主人の「したいように」させてあげられたこと、それに関しては、私の中にまったく悔いはありません。

とはいえ、在宅医療の日々はきれい事ばかりではありません。クスッと笑えるハプニングもあれば、切ない現実、日々の介護の工夫もありました。

今回は、余命1年と言われた主人と自宅でどう駆け抜けたのか、我が家のリアルな闘病エピソードをお話しします。今、大切な人の在宅医療や看取りの選択で悩んでいる方の参考に、少しでもなれば幸いです。

「入院しません!」病院の先生を笑わせた、主人の即答

在宅診療を選んだからといって、ずっと平穏な日々が続くわけではありません。ある日、仕事を終えて「ただいま〜」と玄関を開けると、家の中にテレビが大音量で響き渡っていました。

「どないしたん!?」と驚いて駆け寄ると、主人はポツリ。 「音が聞こえへん……今日、急にや。耳がおかしい」

慌てて病院で検査をしてもらいましたが、鼓膜も含めて耳自体にはどこも異常なし。おそらく、抗がん剤の副作用だろうということでした。

その日の血液検査の数値もかなり悪く、先生から「入院しますか?」と聞かれたときのことです。主人は食い気気味に、即答しました。

「いえ!夜中の空腹がキツい!入院しません!」

これにはシリアスな空気だった先生も思わず大笑い。 「病院のルールに縛られず、家で自由に食べて過ごしたい」。そんな主人の強い意志(と食い気)を見た瞬間でした。

右腕が動かなくても、左手でハサミを握り続けた主人の執念

在宅での食事は、工夫の連続でした。 本当なら、その日は主人の入れ歯が完成するはずの日。もう3回も型合わせをした、待ちに待った入れ歯でした。

実は1年前から、主人の歯は抜けるのではなく、途中でポロポロと欠け始めていたのです。順番に欠けていって、気がつけばもう9本目。まともに噛むことができません。

癌の影響で右腕が動かなかった主人は、左手を器用に使って、食べ物をキッチンバサミで小さくチョキチョキと切ってから口に運んでいました。 小さく切っても、時間をかけてゆっくり、ゆっくり噛むので、1回の食事に40分はかかります。

「食事を楽しめないのはツラいなぁ……」とこぼす主人を見ていて、「歯って、本当に本当に大事なんだ」としみじみ痛感させられました。

それでも、最後まで「入院せず、家で自分の力で食べるんだ」とハサミを握り続けた主人の姿は、今思い出しても誇らしいです。

主人が最後に遺してくれたビオラ。「したいように」を支えた先の景色

主人が旅立った今、私の毎日のルーティンであり、一番大変な手入れが「ビオラの花柄(はながら)摘み」です。

椅子にどっかりと腰掛けて、構えてやります。 「あるわ、あるわ……」 見えにくい奥の方に、隠れた花柄がたくさん。パンジーは花が大きいから楽なのですが、ビオラは小さくて大変です。

気温が上がってきて、どんどん背が伸びてきました。もう、花の終わりが近づいているのを感じます。

「あとどれくらい見れるかなぁ」

これは、主人が最後に庭に植えてくれた大切な花。 「頑張って手入れするからね〜!」と空の主人に話しかけながら、今日もひとつひとつ、丁寧に花柄を摘んでいます。ギリギリまで咲かせます。

まとめ:在宅医療で大切なのは「家族の覚悟」と「本人の自由」

「長くて1年」と言われた期間を自宅で完走できたのは、主人が「家がいい」と言い張り、私がそれを「好きにさせよう」と腹を括ったからだと思います。

在宅診療は、時にハラハラすることも、お世話が大変なこともあります。でも、住み慣れた家で、好きなテレビを大音量で聴き(笑)、夜中にお腹が空いたら好きなものを食べられる。その自由こそが、主人の生きる活力になっていました。

「したいようにさせられた」

その満足感があるからこそ、見送った今の私には、後悔の文字はありません。主人の残してくれた花を大切にしながら、私はこれからも、前を向いて歩いていきます。

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