昭和4年生まれの両親のもと、九州の片田舎で三姉妹の長女として育った私。 今年70歳という節目を迎えました。
今、改めて振り返ってみて思うのは、「私たちはなんて素晴らしい父を持ったのだろう」ということです。私も父のような親になりたい!幼い頃、心からそう思えた私でした。
雨の日は「ドーナツの日」
農家だった我が家では、雨が降ると父が休みになります。私たち姉妹は雨の日が大好きでした。 父が「よし、ドーナツ作るぞ!」と言うと、家中に歓声が響きます。
父は、料理のメインを必ず私たちに任せてくれました。 こねて、丸めて、油に入れて……。 「危ないからダメ」ではなく、「やってごらん」と見守ってくれる。 出来立てを頬張る私たちの横で、父はニコニコしながら洗い物をしていました。
父の言葉は神の声
一方、母は父とは真逆の性格でした。 長女の私には特に厳しく、失敗すれば「この、おおげなしが!」(不器用な長女をけなす方言)と叱られ、手が出ることもありました。
8歳の時、お皿を割ってしまった私に、母がいつものように声を荒らげた瞬間です。 たまたまそばにいた父が、静かに言いました。
「大丈夫か?ケガはねえか。いい、いい。形あるものはいつか壊れる。母ちゃんも割ることがある。」
その言葉は、当時の私にとって神様の声のように聞こえました。 「私が親になったら、父のように言える人になろう」と心に誓ったのを覚えています。
理想の男性は、いつだって「父」だった
三姉妹の理想の結婚相手は、満場一致で「お父さん」でした。 20歳で結婚して家を出るとき、父は私にこう言いました。 「俺と比べるのはやめとけよ」
その時は、その言葉の意味がよく分かってませんでした。現実は甘くありません。 私のゾッコンでした最初の結婚生活は、子煩悩ではない夫との価値観のズレから、6年で幕を閉じました。
62歳での再婚。見えてきた。あの時結婚しても離婚してた
月日は流れ、62歳で高校時代の恋人と再婚しました。 しかし、一緒に暮らして驚きました。彼は、あんなに苦手だった「母」にそっくりだったのです。
失敗すれば人格を否定され、私の話には興味を示さない。 彼の娘さんが「パパは全然子煩悩じゃなかった」と漏らした時、ハッとしました。 もし若い頃に彼と結婚していたら、私はきっと離婚していたでしょう。
子煩悩ではない父親なんて、私にはありえないことです。
70歳の今、思うこと
父が逝って27年。
父のように、子供の話を「そうか、そうか」と最後まで聞き、失敗を包み込んでくれる男性は、決して当たり前ではないことがよ〜く分かりました。
父が私たちに注いでくれた無償の愛。 それは、私が2度の離婚を経て、70歳になった今だからこそ、より一層輝きを増して胸に迫ります。
「お父さん、あなたの娘でよかった!」 九州の空の下で過ごしたあの雨の日を、私は一生忘れません。
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