「それは人間が食べるものじゃない!」――食の好き嫌いに隠された、その人の大切な記憶

3回目の結婚生活

「食べ物の好き嫌い」と聞くと、わがままなイメージを持つ方もいるかもしれません。でも、本当にそうでしょうか?


私の周りには、理屈では説明できない、あるいは「その人にとっては絶対に譲れない」深い理由で食べられないものを持つ人たちがいます。


鶏を「家族」のように育てた友人、ニンジンを「ウサギの餌」と断言した亡き夫。

彼らのエピソードを振り返ると、苦手な食べ物の中に、その人が過ごしてきた幼少期の景色や、大切な思い出が透けて見えてくるのです。


今回は、食卓に並ぶ「苦手なもの」に込められた、温かくて少し切ないお話をご紹介します。

大人になっても苦手なものある?

私たちの世代は、戦争の影が残る時代から高度経済成長期を駆け抜けてきたため、「好き嫌いなんて言っていられない」というのが共通の価値観でした。

だからこそ、大人になってから誰かの「苦手なもの」を知ると、少し驚いてしまうことがあります。

私の母は漁師の家に生まれながら、なぜか「お刺身」が食べられませんでした。

また、娘婿はトマトが嫌いなのにケチャップは大好き。二人とも口を揃えて言うのは「食感が嫌だ」という理由。これは、よくある「苦手」かもしれません。

しかし、もう少し踏み込んでみると、そこに「しっかりとした理由」があるケースに出会います。

「鶏=友達」だった幼少期

今年76歳になる友人のご主人は、農家の出身です。

彼は鶏肉が苦手ですが、実は調理方法や味付けの問題ではありません。「鶏肉だと知らなければ」美味しいと言って食べてしまうほどです。

しかし、娘さんに「それ、鶏肉だよ」と告げられた瞬間、箸を止めてしまいます。

理由を聞いて納得しました。

幼い頃、彼は弟さんと二人で毎日、家のニワトリに餌をやるのが日課だったのです。彼らにとってニワトリは、食卓に上がる食材ではなく、一緒に育った家族のような存在でした。

そのため、ケンタッキーフライドチキンの美味しさも、焼鳥の香ばしさも、スナズリのコリコリとした食感も知りません。

鶏の美味しさを知らないのは少し可哀想な気もしますが、彼が守り続けてきた「命への敬意」なのだと思うと、安易に「食べてみて」とは言えなくなります。

「ウサギの餌」は人間が食べるものじゃない

今年70歳で亡くなった私の夫も、不思議なこだわりを持っていました。

夫もまた、幼い頃からニワトリやウサギを飼育し、日常的に世話をして育った世代です。夫にとって、ウサギは鶏肉のような味のする立派な食材でしたが、彼にはどうしても食べられないものがありました。

それは、「ニンジン」です。

夫はよく畑で抜いたばかりのニンジンを、ウサギに運んでいました。

彼の中でのニンジンは「ウサギの餌」そのもの。カレーに入っていればかろうじて口にしましたが、「小さく切ってくれ」と頼むほどでした。

彼の口癖は「ニンジンは人間が食べるものじゃない!」という言葉。料理が得意だった夫は、筑前煮を作るときには人一倍上手にニンジンを煮込みますが、自分のお皿からは徹底して避けていました。

そんな夫の姿を一番見ていたのは、孫たちです。

孫が小さかった頃、ニンジンを残すと夫はこう言いました。 「いい、いい!食べんでいい!ニンジンはウサギの餌や、食べんでいい!」 そう言われた孫は、大喜びでニンジンを返却するのです。

好き嫌いは、その人の「歴史」

こうして振り返ってみると、好き嫌いという言葉で片付けるにはあまりに奥深い、その人の生い立ちが浮かび上がってきます。

それは単なる食習慣ではなく、幼い頃の匂い、手触り、そして大切に育てた命への眼差しそのものなのです。

あなたの食卓にも、そんな「譲れない理由」を持つ食べ物はありますか?

もし苦手な食べ物を見つけたら、「なぜ嫌いなの?」と聞く前に、「その食べ物にはどんな思い出があるの?」と尋ねてみると、その人の意外な一面が見えてくるかもしれませんね。

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