24歳でお見合い、1週間後に結婚!昭和のスピード婚と、70歳の私が今思う「つまんねぇ男」との再婚生活

「そんなの絶対にない!」 親戚中にそう笑い飛ばされていた母。昭和29年の結婚式当日、最高の「ドヤ顔」を見せました。 今日は、私の記憶に刻まれている両親の不思議な夫婦の形と、70歳になった今の私の独り言を綴ります。


「佐田啓二に似た人と結婚する!」母の予言と奇跡

昭和4年生まれの両親。母は独身を謳歌してましたが、当時は22歳を過ぎれば「行き遅れ」と言われた時代。それでも母は強気でした。「スラっと背が高くて色白で、佐田啓二に似たハンサムな人に汽車に乗ってお嫁に行くから大丈夫!」

周囲はバカげた夢だと笑っていましたが、24歳の時、奇跡が起きます。 お見合い相手として現れた父は、まさに母が公言していた通りのハンサム。低く響く良い声、礼儀正しい振る舞い。祖母も一目で気に入り、なんと1週間後には結婚式が決まりました。当時は見合いして1週間後の結婚式は普通だったそうです。

涙なし、ドヤ顔での旅立

結婚式当日。 父を見た親戚一同の驚きようといったらありません。誰もが「二度見」し、感嘆の声を漏らしました。 その様子を見て、母は最高に気分が良かったのでしょう。 嫁ぐ日、母は一滴の涙も流さず、誇らしげな「ドヤ顔」で汽車に乗り込み、実家を後にしたのです。

「夫婦のことは、夫婦にしか分からん」

そんな華やかなスタートを切った二人ですが、45年にわたる結婚生活は、子供の私から見ても不思議なものでした。

母はとにかくワガママ。私が男なら絶対に選ばないと思うほど(笑)。 私の目からは、父は20年くらいは母にベタ惚れに見えました。晩年はさすがに疲れたのか、「もうお母さんとは旅行に行きたくない」とこっそり漏らしたこともありました。

母が晩年によく言っていた言葉。 「夫婦のことは夫婦にしか分からん」 結局、父が亡くなるまで添い遂げた二人の間には、外からは見えない絆があったのかもしれません。

そして70歳になった、今の私

私自身はといえば、20歳で一目惚れした人と大恋愛の末に結婚しましたが、わずか6年で離婚。

そして62歳の時、18歳の頃の元カレと運命(?)の再婚を果たしました。 当時は「優しい人」だと思っていたけれど、再婚して8年。 「どこかへ行こう」と誘っても「行かない!」の一言。 あんなに大好きだったはずなのに、今ではチコちゃんばりに「つまんねぇ奴だなぁ」と心の中で毒づいています(笑)。

自分らしい「楽しみ」を見つけて

両親のような45年は無理かもしれないけれど、私は私。 夫に期待してイライラするより、今はもっぱら「一人旅」を満喫しています。

夫婦の形は人それぞれ。 あの日の母のようなドヤ顔はできなくても、自分の足で行きたい場所へ行く。 そんな70代も、悪くないかなと思っています。

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