今年70歳を迎え、朝起きると体のあちこちが痛む日が増えてきました。
「老い」をリアルに感じる日常の中で、どうしても未来の自分、そして大切な娘たちへ書き残しておきたいことがあります。
今年4月、4年間の闘病の末に咽頭がんで夫を見送りました。そばで寄り添い、苦しむ姿や病院での選択を共にしてきたからこそ、強く実感したことがあります。
癌とどう向き合い、どのような最期を迎えたいのか。
健康診断の大切さから、もし切除できないステージになったときの治療方針、自宅療養にかかったリアルな医療費、そしてわずか3日間の有料老人ホーム入所で直面した費用の現実まで――。
夫を看取った経験を通じて私が出した「これからの生き方」の答えを、エンディングノートに残すつもりで綴ります。
余命宣告から1年。在宅診療を選んだ夫が、最期まで自分らしく生き抜いた記録こちらもどうぞ

70歳、体の痛みと向き合いながら考える「がん早期発見」の大切さ
今年70歳。毎日のように身体のどこかしらが痛む年齢になりました。
長く健康に生きていくためには、がんの早期発見が欠かせません。
検診をきちんと受け、要再検査と言われたら大腸カメラであろうと逃げずに受ける。これは生きるための大前提だと考えています。
けれど、年齢を重ねるほどがんを完全に避けることは難しくなります。だからこそ「もし自分ががんになったらどうするか」を、元気な今のうちに決めておこうと思いました。
もし「切り取れないがん」と宣告されたら――私が選ぶ生き方
初期で手術ができる状態であれば、術後の抗がん剤治療を行うかどうかは娘たちと相談しながら慎重に判断します。
しかし、もし「切り取れないステージ」だと分かった場合、私は抗がん剤治療を受けない選択をします。
夫の闘病中、主治医から提示された選択肢は3つでした。
- このまま何もしない
- 抗がん剤治療を行う
- 痛み止め(緩和ケア)を服用する
夫は抗がん剤治療を選びました。
自分で選択できたことは良かったと思っていますが、投与のたびに食欲がなくなり、副作用の味覚障害にも苦しみ、みるみる痩せていく姿を隣で見ているのは本当につらいものでした。
私は、高齢になって食べる量が減っているからこそ、最期まで「美味しい」と感じてご飯を食べたい。それで少し寿命が短くなったとしても、自分の納得できる生き方を選びたいのです。
大前提として延命治療はせず、抗がん剤も使わない。痛み止めで苦痛を取り除きながら食事を楽しむ。
そして、最期まで自分の足でトイレに行く。これが未来の私への約束です。
自宅療養にかかったリアルな費用と、夫が見せた最後の意地
夫の希望もあり、可能な限り自宅で療養を続けました。
- 月2回の訪問診療・薬代:約4万〜7万円(投薬内容によって変動)
住み慣れた家で過ごせたことは、夫にとっても心穏やかだったと思います。夫は亡くなる3日前まで自力でトイレに行っていました。
「お前の世話にはならん!」と意地を張る人でしたが、私に頼み事をするのが嫌だったその不器用なプライドには、介護する側として本当に助けられました。
わずか3日間の有料老人ホーム入所で見えた「費用の現実」
最期が近づいた頃、肺で二酸化炭素をうまく処理できなくなって脳に回り、認知症のような症状が出始めました。自宅での介護が限界となり、病院ではなく有料看護老人ホームへ入所することになりました。
認知症のような症状があると、病院では引き受けてくれないと主治医に言われました。
月額費用の目安は約15万円(食費や紙おむつ代などは別)という契約でしたが、実際にかかった費用には戸惑いもありました。
- 入所準備金など:初日に12万円振込(3日間だった為、後日半額のみ返金)
- 3日分の利用料請求:約6万円
入所からわずか3日で旅立ったため、初日の一時金と利用料の相殺ができない事務手続きの仕組みには疑問も残りました。
もちろん施設には元気に過ごされている高齢者の方もたくさんいらっしゃいましたが、終末期における入所タイミングや契約内容の難しさを痛感しました。
施設に頼る判断は本当にギリギリまで見極める必要がある、というのが私の実感です。私の年金以上の金額だと言うのが大きいです。
一人暮らしでも訪問診療は可能です。総括支援センターの方も頼りになります。
エンディングノートに託して。これからの人生を穏やかに、楽しく
夫を見送り、自分自身の終末期に対する考えははっきりと固まりました。
この思いは娘たちにもきちんと口で伝え、エンディングノートにもしっかり書き残しておきます。
これからは、娘の体調にもそっと寄り添いながら、楽しいことにも手を伸ばし、穏やかに毎日を重ねていきたいと思っています。
未来の私が迷わないよう、この決意を胸に、今日も前を向いて暮らしていきます。
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