夏の夕暮れ、レジに立つ私の前に現れた浴衣姿の可愛らしいお客様。
「これから花火大会ですか?」と思わず声をかけると、嬉しそうな笑顔が返ってきました。
毎年、花火の日は仕事です。遠くでドーンと響く音を聞きながら忙しくレジを打ち、帰りのバス停から信号越しに小さく弾ける花火を眺める——それが私のささやかな夏の風物詩。
先輩が教えてくれた「大渋滞で1時間半動かなかった」という話を聞きながら、ふと自分の人生のアルバムをめくっていました。
私には、対照的な2人の夫がいました。43歳で再婚した2番目の彼は、とにかく私を楽しませようと雪山から花火までどこへでも連れ出してくれた人。
そして62歳で再婚し、今年4月に先立った3番目の夫は、「暑いし混むから」と家に籠もる人でした。
8年間の結婚生活で出かけたのは、近くの公園に春の花を見に行ったたった1回だけ。
娘から「本当におもんない父親」と酷評され、不器用な愛し方しかできなかった夫。
そして、大人になっても大好きだった私の父のこと。花火の音に包まれながら考えた、男の人の優しさと親子のカタチについてのお話です。

バス停から見える、小さな夏の景色
レジに並んだ浴衣姿の女性。とっても綺麗で可愛くて、思わず「あの……今日は?」とお声をかけてしまいました。「はい、花火を見に行きます!」と弾んだ声。
そうか、今日は花火大会なんだ——。
私は毎年、花火の日はお仕事です。夕方になると遠くから響く「ドーン」という音を背景に、いつも通りレジに立っています。この時間は結構忙しいのですが、秘かな楽しみもあります。
それは、仕事帰りのバス停から見える景色。 大会が終わる直前のほんのチラッとですが、遠くの空に弾ける綺麗な花火が見えるのです。
あぁ、今年も信号越しに、小さくても綺麗な花火が見えたな。それだけで、少しだけ特別な夏の夜になった気がしました。
翌日、実際に花火大会へ行った職場の先輩に話を聞くと、「花火はすごく綺麗だったけど、帰りの国道で1時間半もピタッと止まっちゃってさ!家に着いたら22時半だよ〜」と苦笑い。
それでも「行く覚悟で行ったから後悔はない!」と見せてくれたスマホの写真の花火は、やっぱり吸い込まれそうなほど綺麗でした。
人は誰しも、その「一瞬の美しさ」や「感動」を共有したくて、渋滞を覚悟で出かけるのかもしれません。
「楽しませたい男」と「動かない男」
そんな先輩の話を聞きながら、私はふと過去の2つの結婚のことを思い出していました。
43歳で2回目の結婚をした時の彼は、とにかく「私を楽しませたい!」という気持ちが全身から溢れているような人でした。 季節ごとに咲く花を見にドライブへ行き、夏になればあちこちの花火大会へ足を伸ばし、冬には雪景色を見に連れて行ってくれました。どこへ行っても思い出でいっぱいの、賑やかな日々でした。
一方、62歳で再婚した3回目の結婚相手——今年の4月に空へ旅立った今の夫は、それとは180度反対のタイプでした。
8年間の結婚生活で、二人で出かけたのはたったの1回だけ。 春に、近くの木曽三川公園へお花を見に行ったことだけです。もちろん、花火大会なんて一度も行ったことがありません。
「暑いし、混むから、家の涼しい部屋で一杯飲みながら見ればいいじゃないか」
それが彼の口癖でした。楽しむことのプラス面よりも、混雑や暑さといったマイナス面を先に見てしまい、結果として「だから動かない」という答えを出してしまう人だったのです。
不器用すぎた父親の「愛」
そんな夫のことを、夫の連れ子である義理の娘ちゃん(今年で40歳)は、「ほんまにおもんない男やねん」とバッサリ酷評します。彼女に言わせれば、父親と「楽しかった!」と思える思い出がひとつもないのだそうです。
ここに40年住んでいて、近くで有名な花火大会があっても、父親と見に行ったことなど一度もない。「行く?」と聞かれたことすらなく、今では娘ちゃん自身も全く興味がなくなってしまったと言います。
けれど、彼なりの「家族への愛」がなかったわけではありません。 彼の愛の表現は、たったひとつ。「きちんと食事を与えること」でした。
亡くなるわずか5日前、体調が本当に苦しかったはずの時期でさえ、彼は娘の食事の用意をしようとしていたほどです。
残念ながら、その不器用すぎる思いは娘ちゃんには届いていませんでした。
「口うるさくて、優しさの押し売りをしてくるウザい父親」というのが、彼女の中での彼の姿。父親の死に顔を見ても、涙ひとつ出しませんでした。
父親というものは、子供が大きくなるとどうしても疎まれることが多くなってしまうのかもしれません。特に、思い出を共有してこなかった親子関係なら、なおさらです。
私たちが、大人になっても父を大好きだった理由
翻って、私たち姉妹のことを考えました。 私たち姉妹は、大人になってからもずっと父親が大好きでした。
なぜだろうと考えてみると、理由はとてもシンプルです。 幼い頃、父が私たちに「楽しいこと」をたくさん教えてくれたから。そして、一度も私たちを叱ったことがなかったからです。
どこかへ出かけて笑い合った記憶、新しい世界を見せてくれた記憶。そうした「楽しかった思い出の貯金」があったからこそ、私たちは大人になっても父を愛し続けることができたのだと思います。
「家にいて涼しい部屋で飲むのが一番」という夫の合理的な優しさも、わかる気はします。でも、渋滞に巻き込まれても、人混みに揉まれても、誰かと一緒に「綺麗だね」と言い合った記憶は、人が生きていく上での宝物になるのかもしれません。
今年も信号越しに見えた、小さな小さな花火。 賑やかな夏の音を聞きながら、不器用すぎた夫の背中と、優しかった父の笑顔をそっと思い出していました。
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