今年4月、夫が70歳で旅立ちました。
5年前にステージ4の癌と診断されてからの日々は、決して平坦なものではありませんでした。
モラハラ気質な夫との生活、期待に応えてくれない義娘との距離感……。そんな中で、私の心を救ってくれたのは、遠方から駆けつけてくれた義兄の「優しさ」と「言葉」でした。
今日は、夫婦の最期を前にして忘れられない、あの日の出来事を綴りたいと思います。
夫が逝っても、涙が出なかった理由の一つですね。

夫を支え続けた8年間
5年前、夫の癌がステージ4だと分かった時、真っ先に連絡を入れたのは義兄夫婦でした。山口からわざわざ三重まで駆けつけてくれたお二人。
62歳で再婚した私たちを誰よりも祝福してくれた、大切な存在です。
夫は日頃、私に対して命令口調で接することが多く、いわゆる「モラハラ」のような言動に心身ともにボロボロになる日々でした。
それでも、義兄夫婦の前では心配をかけまいと、懸命に「夫を愛する良き妻」を演じ続けました。
義兄の言葉が、私の救いだった
名古屋駅まで迎えに行き、ひつまぶしを囲んだ夜。夫がいつものように私を責める言葉を投げかけた時、義兄が夫を叱り飛ばしてくれました。
「なんも役に立たん奴」
夫の心ない言葉に、私はただ耐えるしかありませんでした。しかし、そんな夫に対し、義兄は諭すようにこう言いました。
「おらんかったら大変じゃろが。お前は癌やぞ。娘は当てにならんのやろが。もっと優しい言葉で話して、ありがとうを言えや」
義兄が私に何度も「アイツと姪っ子を頼む!」と繰り返した言葉が、今でも耳に残っています。
神棚に消えた「優しさ」の行方
帰り際、義兄は「何かと物入りじゃろう。二人で半分に分けて使えな」と、お金を包んでくれました。私は心から感謝しましたが、夫の反応は違いました。
「俺が若い時、両親に渡したお金は、結婚した時に両親がとっておいてくれた。このお金も、そういうことやな」
ん?何が言いたいの?・・・・・
要するに、私には一銭も渡したくないということ。夫はあのお金を、まるで聖域のように神棚に恭しく置きました。
しかし数ヶ月後、ふと気になって神棚を確認すると、封筒の中身は空っぽになっていたのです。
最後に残ったもの
普段から自由にお金を使えるはずの夫が、なぜそこまでして私には渡したくなかったのか。
ステージ4の癌という現実に直面しながら、誰を頼らなければならなくなるのか、最期まで気づくことはありませんでした。
娘が一度も父親の体調を案じることはありませんでした。
夫が逝った今、神棚のお金は消えてしまいましたが、義兄がかけてくれた「あんたも大変やなぁ」「頼むぞ」という温かい言葉だけは、私の心の中にしっかりと残っています。
これからの人生、少しずつ自分をいたわりながら、私らしく歩んでいこうと思います。
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