
昭和12年。真珠湾攻撃を4年後に控えた、激動の時代の足音が聞こえる九州の片田舎での出来事です。
明治生まれの祖父には、裕福でもない農家でありながら、若くして愛人がいました。大家族を支え、身を粉にして働く祖母。ある夜、4歳の子供が高熱を出したとき、お金を持たない祖母が取った行動は、おんぶをして「愛人の家」へと山を越えることでした。
その一部始終を後ろから見ていた、当時小学3年生だった私の父。
父が胸に秘めた強い誓いと、時を経て私が母から知らされた「家族の絆と人の縁」
父は自分の子供の頃の話や戦争の体験談をよく話してくれましたが、なぜか両親(私にとっての祖父母)のことについては、あまり私の記憶に残っていませんでした。その理由を、私は二十歳過ぎてから知ることとなりました。
裕福ではない農家にいた「愛人」の存在
当時の家は、11人という大家族。その長男のもとへ、祖母は嫁いできました。昔は珍しくない光景だったのかもしれませんが、普通ではないことが一つだけありました。
それは、祖父に若い頃から「愛人」がいたことです。
お金持ちでもない農家で、恋愛結婚すらほとんどない時代。祖母も当然、結婚してからその事実を知ったはずです。それでも文句ひとつ言わず、子育てとみかん作り、そして畑仕事に追われ、ゆっくり食事をしている姿すら誰も見たことがないほど、祖母は働き詰めでした。
そんな中、ある事件が起きます。
昭和12年、4歳の息子の発熱と「山越え」
その夜、父の弟である4歳の叔父が、尋常ではない高熱を出しました。 一晩待っても熱は下がらず、祖父は家に帰ってきません。
当時の祖母は、自由に使えるお金を一切持っていませんでした。電話もない時代です。 覚悟を決めた祖母は、なんと4歳の子供をおんぶして、山を越えることにしたのです。歩けば2時間はかかる道のり。目的は、祖父からお金をもらって病院へ行くこと。
つまり、祖父がいる「愛人の家」へ行くということでした。
当時、小学3年生(8歳)だった私の父は「一緒に行く」と言って叱られたものの、心配でたまらず、頼み込んで着いて行ったそうです。 そして、そこで繰り広げられた一部始終を、その目に焼き付けることになりました。
愛人の玄関前で、8歳の父が心に誓ったこと
祖母は迷うことなく、愛人の家にたどり着きました。初めてではない、慣れた足取りだったそうです。
「ごめんください」
祖母の呼び声に、しばらくして「は〜い」と、父の見たこともない女性が現れました。
「この子が熱が出て病院に行きたいので、お金をお願いします」
祖母が淡々と言葉を発すると、やがて奥から浴衣姿の祖父が出てきました。祖父はお金を渡すと、後ろにいた父をチラッと睨みつけ、「帰れ!」と言い放ってピシャリと玄関の戸を閉めたのです。
祖母は悲しい顔ひとつせず、ただ父の手を強く引いて、その足で病院へと急ぎました。
わずか8歳だった父ですが、その時、子供ながらに事の重大さをすべて理解したと言います。 そして心の中で、激しく、強く誓ったのです。 「自分はこんな夫、こんな父親には絶対にならない!」と。

ゼロ戦を生き抜いた父と、受け継がれた愛
それから数年後、父は予科練を志願して海軍航空隊に入隊し、ゼロ戦に乗りました。 激しい戦争の中、父が無事に生きて帰ってきてくれたからこそ、今の私が存在しています。
私はこの話を、父からではなく、二十歳を過ぎてから母から聞かされました。 話を聞きながら、私の頭の中には、さだまさしさんの名曲『無縁坂』の歌詞が自然と浮かんでいました。
🎵 母はすべてを暦に刻んで 流してきたんだろ 悲しさや苦しさは きっとあったはずなのに 🎵
祖母は49歳という若さで亡くなりました。父と母が結婚する前のことなので、私は祖母の顔を知りません。 一方、私の記憶にある祖父は、冠婚葬祭の時にしか見かけない人でした。昔はことあるごとに親戚が集まっていたのに、なぜいつもいなかったのか……。
その謎が、すべて解けた瞬間でした。祖父は家ではなく、ずっと愛人の元にいたのです。

人の縁の不思議
そんな祖父は、私が8歳になった夏、みずから命を絶ちました。 おそらく、長年連れ添った愛人の女性が亡くなったことが原因だろうと言われています。本妻や子供を置いて山越えをさせた祖父ですが、ある意味では、それほどまでに深い、凄まじい関係の「縁」だったのかもしれません。
会ったことのない私のおばあちゃん。 あなたが命がけで守り、育ててくれたお父さんは、本当に子煩悩で、素晴らしい最高の父親になりました。 私たち3姉妹は、お父さんのことが大好きです。
あの夜、悲しい顔ひとつせずに山を越えた祖母の強さと、それを胸に「良い父親になる」と誓い生き抜いた父の決意。
人の縁とは、本当に不思議で、尊いものです。 今の私たちが幸せに暮らせているのは、あの激動の時代を生き抜いた先祖たちの、それぞれの覚悟があったからこそだと、心から感謝しています。
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