70歳で旅立った夫との闘病記。忘れられない「さくら漬け」と、眼鏡が壊れた日のこと

今年4月、70歳で旅立った主人。
昨年4月に「長くて1年」という余命宣告を受けてから、私たちは残された時間を共に歩んできました。


闘病生活は決して楽なことばかりではありませんでしたが、今振り返ると、ふとした瞬間の会話や、思わず苦笑いしてしまった出来事が、宝物?のようにキラキラと輝いています。


今回は、堅物で自分の考えを絶対に曲げない頑固者の主人が、だんだんと弱ってきて少し丸くなってきた頃のエピソードを綴ります。

「この名前、なんやったっけ?」ランチタイムの小さな大騒ぎ

ある日の治療の帰り道、主人が「ランチを食べて帰りたい」と言い出しました。 向かった先で注文したのは、滋味深い「炊き込みご飯定食」。

食事の途中で、主人がふと小皿を指差して言いました。 「このお漬物の名前……なんやったっけ?」

そこから、私たちの「思い出せない合戦」が始まりました。 「しば漬け?」「違うなあ」 「つぼ漬け?」「それも違う」

放射線治療の疲れもあったのかもしれませんが、二人してピンク色の大根を前に首をひねるばかり。 最後には主人が「分からん!調べろ!」としびれを切らしたので、お茶を運んできてくれた店員さんに尋ねてみることに。

「これ、さくら漬けですよ」

店員さんのその一言に、「そうや!さくら漬けや!」「あ〜スッキリした!」と、まるで大正解を引き当てたかのように二人で大笑い。

朝起きたら、主人の顔に傷が……!

またある日の朝のこと。 「おはよう」と起きてきた主人の顔を見て、私は飛び上がりました。 顔に傷があり、よく見ると皮膚が剥がれています。

「どないしたん!?」 「昨日……夜中に庭で転んだ。なんで庭に行ったか、覚えてへんねん」

見れば、愛用の眼鏡もフレームが曲がり、レンズまで割れてしまっています。 私たちの家の庭にはブロックがたくさん置いてあります。一歩間違えれば大惨事でしたが、「これくらいのケガで済んで本当に良かった」と、胸をなでおろしました。

そのあと、バスに揺られて眼鏡屋さんへ。 そんなハプニングさえも、当時は必死でしたが、今となっては少しだけ懐かしく思い出されます。


結び

余命宣告を受けたあとの1年は、一日一日が真剣勝負でした。 けれど、さくら漬けの名前を思い出して笑ったり、壊れた眼鏡を直しに行ったり。そんな「普通」の毎日の中に、主人の生きた証が刻まれています。

あの時のさくら漬け、名前が分かって本当にスッキリしました。

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