【60代の再々婚】高校の同級生がモラハラ夫に豹変…心身の限界を迎えた私が夜明けに「プチ家出」を決行した理由

3回目の結婚生活

62歳という年齢で踏み切った、3度目の結婚。お相手は高校時代の同級生で、昔付き合っていた元カレでした。

「気心の知れた昔馴染みとなら、穏やかな老後を過ごせるかもしれない」――そんな期待は、暮らし始めて間もなく音を立てて崩れ去りました。

日を追うごとにエスカレートしていく、夫の激しいモラハラ。会話は細かな命令ばかり、私の言葉は完全に無視され、向けられるのは刺すような睨み声と視線だけ。

知らず知らずのうちに私の心と体は悲鳴を上げ、耳鳴りや激痛、激しい体重減少となって現れました。夫が病に倒れてもなお収まることのない支配と理不尽。

「もう限界かもしれない。でも、どうしても九州にいる大切な親友に会いたい――」

大阪の娘の引越しすら行くことを許されなかった私が、ついに選んだのは早朝の「プチ家出」でした。

息を潜め、夜明けの冷たい空気のなか家を抜け出した、あの緊迫の脱出劇を振り返ります。

穏やかな老後のはずが…62歳で再々婚した元カレの「豹変」

人生の後半戦、62歳で迎えた3回目の結婚。相手は高校の同級生であり、かつて交際していた元カレでした。

過去を知っている相手だからこそ、互いを尊重し合えるあたたかな暮らしができると信じていました。

しかし、一緒に暮らし始めると夫の態度はみるみるうちに豹変していったのです。

私に向けられる会話は、すべて命令口調。それも生活の些細なことにまで細かくケチをつけて指示してきます。

一方で、私が何か話しかけても完全にシカト。返事の代わりに向けられるのは、やたらと威圧的に睨みつける視線でした。

家庭という密室のなかで、じわじわと心を削られていく日々が始まりました。

蝕まれていく体――耳鳴り、難聴、そして体重はマイナス6kg

夫からの見えない圧力は、確実に私の体を蝕んでいきました。

結婚2年目。突然、耳の中で「コツコツ」という異様な耳鳴りが始まり、10日に1度は激しい下痢に襲われるように。やがて左耳は難聴になり、胆嚢がひどい炎症を起こしてしいました。

3年目には、特別なダイエットもしていないのに体重が6kgも落ちていました。ストレスで心身が限界を迎えていたのだと思います。

決定的だったのは4年目のことです。私が白内障の手術を受けた日、夫は付き添うどころかパチンコへ。術後の痛む目を抱え、私は一人、電車に揺られて往復しました。

「この人は、妻の私に何が起きても心配などしてくれないんだ」と、冷え切った現実を思い知らされました。

その年の暮れ、皮肉にも今度は夫自身が咽頭癌を患い、入院することになります。

癌になっても変わらない支配欲

「大病を患えば、少しは人の痛みがわかるようになるのではないか」――そんな私の淡い期待は、あっさりと打ち砕かれました。

5年目を迎えても、癌になった夫のモラハラは収まるどころか、むしろ拍車がかかっていったのです。

「病人」という立場を盾にするかのように、さらに私を縛り付け、自分の思い通りに支配しようとする日々が続きました。

そして6年目。張り詰めっぱなしだった私の心のなかで、ひとつの強い思いが湧き上がってきました。

「どうしても、九州の親友に会いたい」

遠く離れた地で暮らす大切な友の顔が、どうしようもなく浮かんできたのです。

「二度と帰って来るな!」の記憶と、常識のズレ

とはいえ、まともに頼めばどうなるかは目に見えていました。 かつて大阪に住む娘が引っ越しをする際、手伝いに行きたいと伝えたときの言葉が耳に焼き付いています。

「どうしても行くなら、二度と帰って来るな!」

実の娘の引越しすら許さない人です。

それとなく「癌になって、まだ身体が動くうちに友達に会っておかない?」と水を向けてみたものの、 「会わんでもいい!相手にも都合がある。迷惑はかけれん!」 と一蹴。予想通りの返答でした。

もし「よし、行こう!」なんて言われたら、四六時中夫の機嫌を伺うことになり自由時間がなくなるので、それはそれで困るのですが……。

では、「私一人で行ってくる」と言ったらどうなるか? 「お前は、癌の俺をほっといて遊びに行くつもりか!」と怒鳴り散らされるのは火を見るより明らかでした。

私と夫の常識の基準には、天と地ほどの開きがあります。どれだけ言葉を尽くしても、私の気持ちが通じることはありません。

「それなら、もう普通に頼むのはやめよう」 そう腹をくくった私は、ある決断を下しました。

「プチ家出」をして、九州へ行こう――。

夜明け前の脱出劇――息を潜めて掴んだ自由の切符

決行を決めてからの動きは迅速でした。

まずは、同居している夫の嫁ちゃんに相談。 「こっそり帰省してくるから、私がいない間、よろしくね」 事情をよく分かってくれている彼女は、事情を深く詮索することなく「了解です!」と心強く引き受けてくれました。

荷物を少しでも軽くし、怪しまれないようにするため、九州の妹へのお土産はあらかじめ通販で手配して実家へ直送。身軽に動ける準備を整えました。

そして迎えた決行の朝。 まだ外が群青色に染まる、夜明け前の時間帯です。

抜き足、差し足、忍び足……。 物音ひとつ立てないよう、細心の注意を払いながら顔を洗い、最低限の着替えを済ませます。お化粧なんてしている余裕はありません。

「どうか、夫がトイレに起きてきませんように……」 心臓が口から飛び出しそうなほど激しく打ち鳴らすなか、心の中で神様に祈り続けました。

玄関を開け、カモフラージュのようにゴミ出しの袋を出し、あらかじめ隠しておいたトランクを手に取って――外の冷たい空気を胸いっぱいに吸い込みました。

やった。バレずに出られた……!

後ろめたさがないと言えば嘘になります。戻ったあとにどんな怒号が待っているかを想像すると、足がすくむ思いもよぎります。

けれど、もう振り返りません。後のことは、帰ってから考えればいい。私は、私を取り戻すために。大好きな親友と友だちに会いに、いざ九州へ行ってきます!

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