62歳で再婚し、8年間を共に過ごした夫が今年の4月に旅立ちました。
振り返ってみれば、夫から「ありがとう」という感謝の言葉をかけてもらった記憶が一度もありません。
誕生日や記念日にプレゼントを渡しても、受け取りすらしないことも日常茶飯事。
ご近所さんやタクシーの運転手さんには普通に「ありがとう」が言えるのに、妻である私には絶対に言わない——そんな頑固で不器用すぎる夫でした。
咽頭がんから肺へ転移し、病気が進行していく中でも、夫のそのへそ曲がりな態度は変わりませんでした。
今回は、禁煙できなかった夫にタバコを贈った日のこと、片腕が不自由になった夫に贈った「ボタンエイド」の思い出、そして看取った今だからこそ感じる「男の意地と夫婦のあり方」について綴ります。

決して「ありがとう」を言わない夫と、渡し続けた私の8年間
62歳で再婚してからの8年間。夫に何をプレゼントしても、一度も「ありがとう」と言われたことがありませんでした。
誕生日だって同じです。渡したところで喜ぶ素振りも見せないし、感謝もされない。
それでも、「何もあげないのは自分の気が済まない」という思いから、私は性懲りもなく誕生日には何かしら用意していました。
数年前、夫は何度も禁煙に挑戦しては失敗を繰り返していました。
肺がんなのだから吸わないに越したことはありません。
「やめたほうがいい」なんて本人が一番分かっているはずなのに、ある日開き直ったようにこう言いました。
「もう禁煙はやめた!」
そう宣言して、紫煙をプカプカとくゆらせる夫。
「俺を殺すつもりやな」——誕生日にタバコを贈ったあの日
それなら、と私はいつもの感謝をメッセージに添えて、誕生日にタバコをプレゼントしました。
「はい!誕生日おめでとう!」 明るく差し出した私に、夫が返した言葉はこうです。
「俺の肺がんを酷くして殺すつもりやな」
そんなアホな、と笑い飛ばすしかありませんでした。
けれど、それから3年後。咽頭がんから肺へと転移し、夫の肺はがんで埋め尽くされていきました。
酸素がうまく取り込めなくなって二酸化炭素が脳に回り、亡くなる3日ほど前には意識が混濁して、まるで認知症のような状態にまでなってしまったのです。
本当に肺がんで亡くなってしまうなんて。
あの時、夫が口にした「肺がんで殺すつもりやな」という憎まれ口が、皮肉にも現実になってしまいました。
タバコを吸わせた後悔、吸わせなかった後悔
ずっと昔からタバコを吸い続けていた夫。がんになっても手放すことはありませんでした。
主治医の先生からも「タバコが吸えなくなったら、いよいよ終わりですね」と言われていたほどで、夫にとってタバコはある意味「命のバロメーター」のようなものでした。
私の知人女性のご主人も、同じように咽頭がんから肺へ転移した方でした。
知人のご主人は「頼むからタバコを吸わせてくれ」と何度も懇願したそうです。
けれど彼女は、1日でも長く生きてほしくて「お願いだから吸わないで!」と頼み込んで、決して吸わせませんでした。
結局、発症から3年でご主人は旅立たれました。
彼女は今でも「こんなことなら、最後に好きなだけ吸わせてあげればよかった……」と深い後悔を抱えています。
それを聞いた時、私は「吸わせてあげてよかったんだ」と思いました。
もっとも、うちの夫の場合は、私がどれだけ「やめて」と頼み込んだところで、素直に聞き入れるような性格ではありませんでしたが。
2年前の誕生日プレゼント「ボタンエイド」に込めた思い
夫が亡くなる2年前の誕生日。 咽頭がんの影響で、夫の右腕はすでに動かなくなっていました。
左腕ひとつで器用に日常をこなしていましたが、着替えのボタン留めだけはどうしても苦労しているようでした。
私に「手伝ってくれ」なんて素直に言う夫ではありません。
そんな時、ある雑誌で見かけたのが片手で簡単にボタンの留め外しができる福祉用具「ボタンエイド」でした。
「これなら片手でも楽に着替えができる!誕生日のプレゼントにピッタリだ」と思い、早速買い求めました。
誕生日の朝。 「おめでとう。これ、誕生日のプレゼント。
どうぞ〜〜」 差し出しても、夫はいつもの通り受け取りすらしない。テーブルの上にポンと置くと、チラッと横目で見ただけで完全ないつものシカトです。
私が仕事から帰ってきても、ボタンエイドは朝置いたテーブルの上のまま、触られた気配すらありません。
「ほんと!嫌な性格だなぁ……」と、ため息が出ました。
1ヶ月後に見せた、夫の素直になれないプライド
それから1ヶ月ほど経った、ある日のこと。 夫が買い物に出かける準備をしている姿を何気なく見ると……
あっ!!ボタンエイドを使ってる!
驚いて見つめる私に、夫はそっけなくこう言いました。 「ネットで調べたら、便利だって書いてあったから……使ってみるよ」
へぇ〜〜、自分で調べたんだ……。 使ってくれるならそれでいいけれど、どうして「ありがとう、助かるよ」の一言が出てこないのか。
本当に可愛げのない人でした。
なぜ男たちは、一番身近な家族に「ありがとう」が言えないのか?
外では愛想よく近所の人やタクシーの運転手さんに「ありがとう」が言えるのに、妻である家族には絶対に言わない。
友人や知人にこの話をすると、「うちもよ!夫から『ありがとう』なんて聞いたことがない」と口を揃えて言います。
世の中には、妻に感謝を伝えない夫がどれほど多いことでしょうか。
やってもらって当たり前だと思っているのか。 それとも、家族に対して感謝を口にするのが照れくさくて、負けたような気がするのか。
夫を見送った今、つくづく思います。
「ありがとう」の一言を口にするだけで、もっと穏やかで温かい夫婦関係が持てたはずなのに。
素直になれずに意地を張り続けるなんて、男の人って本当に損な生き方をしているな、と。
可愛げのない憎まれ口ばかりだった夫。
それでも、あの時こっそりネットで調べて使ってくれたボタンエイドや、プカプカとくゆらせていたタバコの煙を思い出すと、不器用なりに精一杯生きていた姿が浮かび上がり、どこか憎めない気持ちになるのです。
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