【60代の白内障体験談】手術の恐怖と、パッチワーク仲間に救われた話。そして亡き夫との思い出

3回目の結婚生活

「なんだか最近、視界に黒い点が飛ぶ気がする……」そんな些細な違和感をきっかけに、パッチワークの先輩たちから教わった白内障の初期症状。

あのとき皆に話を聞いていたので心の準備がしっかりできました。


60代で訪れた目の変化と眼科での診断、そしてペーパードライバーの私が一人で乗り越えた白内障手術のドタバタなリアル。

手術当日に夫がとった驚きの行動と、今となっては胸に染みる切ない思い出まで、等身大の体験を綴ります。

パッチワーク仲間の一言で気づいた目の異変

60歳の頃、ご近所さんに誘われてパッチワークのサークルに通い始めました。

そこには60代、70代の元気なおばあちゃんたちが10人ほど集まっていて、みんなジムに通うなどとてもアクティブ。

週に一度の集まりでは、健康管理の情報を共有しながらお互いの様子を気遣い合っていました。

ある日、「大丈夫?ちゃんと眠ってる?」と声をかけられた頃、私の右目には黒い点のようなものが。最初は虫が飛んでいるのかと思いましたが、見える場所がいつも同じです。

仲間たちに話すと、「多分それ、白内障の初期よ。みんな手術してるから分かるわ」「だんだん視界がボヤけて見えにくくなるけど、手術したらとっても良く見えるようになるよ!」と口々に教えてくれました。

すぐに眼科へ行くと、「白内障の初期ですね。まだ軽いのでこのまま様子見で良いですよ」との診断。

あのとき先輩たちから情報を聞いていなかったら、きっと不安で仕方がなかったと思います。本当に「聞いておいて良かった!」と心から思いました。

レジ業務に支障が…本格的に始まった白内障の戦い

それから2年後、62歳で3回目の結婚をして引っ越しを経験。63歳からはホームセンターのレジで働き始めました。

しかし、しばらくすると歩いてくる人の顔がよく見えなくなり、表情が分からない状態に。私はもともと近視と乱視で眼鏡が手放せませんが、いよいよ眼鏡が合わなくなってきたのです。

お客様との距離が1メートルくらいにならないと顔が見えず、見えにくさからどうしても目を細めてしまい、笑顔も作れません。

やがて、目の前のレジ画面の小さな文字までボヤけるようになり、仕事に大きな支障が出るようになりました。

再び眼科を受診し、お仲間さんたちから話を聞いて心の準備もできていた私は、先生からの「手術しますか?」という問いかけに、迷わず「はい!」と答えたのです。

電車とバスを乗り継ぎ、いざ手術へ

手術をする病院は、自宅から電車とバスを乗り継いで行く距離です。

私はペーパードライバーなので運転はしません。両目が白内障のため片目ずつ手術を行い、2日後の消毒、1週間後に反対側の手術というスケジュールでした。

病院からは「帰りは白内障の片目で歩くため、安全のためにご家族のお迎えがあるといいですね」と言われ、「はい、大丈夫です」と答えた私。夫は迎えに来てくれるものだと思い込んでいました。

しかし、手術当日。なんと夫は、車で駅まで送ったあとに「儲かるいい台があるから、駅から電車で行け。帰りは自分で帰ってこい」と、そのままパチンコに行ってしまったのです。

「もしかして?」という嫌な予感は見事に的中。唖然としながらも、私は一人で電車に乗り込みました。

病院に到着し、手術待ちの部屋へ。周りには10人ほどのお年寄りが座っていました。麻酔の点眼を2時間ほどかけて行い、いよいよ自分の番に。

全身ではなく目だけの部分麻酔で、しかも目を開けたままの手術です。

今日は右目。手術台が倒されて先生の顔が下から見えた瞬間、恐怖心がピークに達し、「先生!怖いです!怖いです!」と何度も叫んでしまいました。

先生は「大丈夫ですよ。あなたからは何も見えないように薬を点眼しますからね」と優しく声をかけてくれ、点眼されると目の前が真っ白に。そしてパァっと赤くなり、今眼球にメスが入ったのだと分かりました。

今までに何度も手術経験はありましたが、目は本当に別格の怖さです。無事に終わり、眼帯をつけて「お疲れさまでした」と言われたときには、心の底から大きなため息が漏れました。

一人での帰路と、夫の反応

お会計を済ませたあと、「お迎えのご家族は……?」と心配され、「今日はどうしても無理で、電車で帰ります」と答えると、「かなり歩きにくいと思うので、タクシーなどを使った方が安全ですよ」とアドバイスをいただきました。

駅までの道のりは、ボヤけた片目では本当に怖かったため、駅からタクシーを利用して無事に帰宅しました。

家に戻った私を見て、眼帯と防護用の透明眼鏡をかけた姿に夫は驚き、「こんな手術だったのか……」とポツリ。

「家事は何もしなくていい、じっとしてろ」と言ってはくれましたが、2日後の消毒も、1週間後の左目の手術のときも、やっぱり駅まで送ったあとはパチンコへ行き、迎えには来てくれませんでした。

「いつか絶対に仕返しをしてやる!」――そう心に誓っていたのですが、人生とは分からないものです。今年4月、夫は咽頭癌でこの世を去りました。

あんなに憎まれ口を叩きたくなった手術の日々のことも、今となっては遠い思い出。

年齢を重ねるごとに体のあちこちにガタはくるけれど、お互いに支え合って生き抜いた日々は、私のかけがえのない歴史です。

#シニアブログ#3回目の結婚日記#白内障手術

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