「遺品はゴミ」にならないために。70歳、夫の死を経て私がエンディングノートを書く理由

3回目の結婚生活

「私の死後、残された家族が困らないように」。 そう考えて、先日エンディングノートの書き方を学ぶセミナーに参加してきました。

今年4月、私は夫を亡くしました。

余命宣告から1年。元気な頃に聞いていた夫の希望通り、葬儀は直葬で行い、趣味の品はすべて整理しました。

しかし、実際に遺品を整理する中で、「自分が死んだあと、遺品は残された者にとって時に『ゴミ』になってしまう」という冷徹な現実を突きつけられたのです。

もし、自分が明日突然逝ってしまったら? 家族を悲しませるだけでなく、面倒な手続きや遺品整理で苦労させてしまうかもしれない。

そんな不安が、私に「エンディングノート」を書こうという決意をさせました。

夫が残してくれた、最後の「教え」

私は62歳で3回目の結婚をしました。 夫とは、もともと高校の同級生。縁あって結ばれた相手でした。

1年前に余命宣告を受けた時、死後のことについて聞くのはとても辛いことでした。

それでも、まだ元気な頃、夫からふと切り出してくれたのです。

「俺が死んだら、葬式はしないでくれ。直葬でいい。骨は海に散骨してくれ。一人娘が墓守が大変だろうから、墓は作らない。娘がペンダントのロケットに入れてくれてたらいい。家と土地は娘の名義にしてくれ」

実際にその日が来ると、夫の希望通りに直葬を選び、亡くなって30時間後には骨となって戻ってきました。

義娘ちゃんは「骨を持っていたくない」という意向だったので、義兄さんの提案で、九州の実家のお墓に納骨することになりました。

そして、夫が大切にしていたプラモデルや阪神タイガースのグッズ、ゲームソフト……。

夫がどうしてほしいか言い残さなかったこれらを目の前にしたとき、正直に言って、私にはただの「ゴミ」のように見えてしまいました。趣味の合うものならまだしも、そうでないものは、ただの荷物です。 結局、洋服やカバンを含め、すべてリサイクルショップへ売却しました。

その時、私は悟ったのです。 「私が死んだあとの遺品も、誰かにとってはゴミになるんだ」と。

セミナーで気づかされた「相続」の怖さ

エンディングノートを書こうと思ったきっかけは、もう一つあります。

セミナーに参加されている方々の話を聞いていて驚いたのは、遺産相続で家族や兄弟姉妹が揉めるケースがあまりに多いことでした。

何年間もいがみ合い、最終的に縁を切ってしまうこともあるそうです。 揉めるのに、金額の大小は関係ありません。「どうするか」を事前に相談し、対話しているかどうかが分かれ道なのです。

私がこれから書き進める「5つのステップ」

セミナーで学んだエンディングノートの項目は、自分の人生を整理するためにとても理にかなっていました。

  1. 自分自身を見つめる:プロフィール、仕事、趣味、家族や友人と職場の年表を作り、過去を振り返りながら、これからやりたいことを考える。
  2. 大切な人へのメッセージ:両親や祖父母から受け継いだもの、家族や友人への想い、家系図の作成。
  3. 私の財産:貯金、クレジットカード、株式、保険、不動産などの管理。
  4. いざというときに:病気や介護になった際の告知や延命治療について。
  5. お葬式について:葬儀の形式、知らせてほしい人、お墓や仏壇の希望。

「死」を準備することで、今日が輝き出す

セミナーで一番心に響いたのは、「エンディングノートは、自分の棚卸しをして、今後の生き方を考えるためのもの」という言葉でした。

最近は、子供にお金を残さないという選択をする人も増えているそうです。

「自分のお金をどう使うか」を考えるのは、とても贅沢で、前向きな時間なのかもしれません。

夫はエンディングノートを残してはくれませんでした。でも、彼が遺してくれたこの「遺品整理の苦労」という経験そのものが、私にとっての教訓です。

私は夫のように余命宣告を受けるかどうかもわかりません。急に逝ってしまうかもしれない。だからこそ、今、書くのです。

自分の最期を思い描くことは、決して怖いことではありませんでした。 むしろ、いつか来る終わりを意識することで、「今日一日を、もっと大事に生きよう」と背筋が伸びるような気がしています。

さあ、まずはノートを開いて、自分の人生を書き出してみようと思います。

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