「初恋の人と結婚できたなんて素敵ね!」
70歳になった今、3度目の結婚をした夫との馴れ初めを話すと、そんな言葉をいただくことがよくあります。でも、本当のことを言うと、私の純愛ロマンを壊してしまうかもしれません。
私の本当の初恋は、夫ではなく、高校1年生のあの日——ギターの音色と、先輩の歌声から始まりました。
昭和46年、1971年の春。
毎日が宝物のように輝いていた高校生活。お肉屋さんで働いたバイト代で初めて手にしたギターと、吉田拓郎のレコード。そして、少しだけ大人びた先輩が教えてくれた「生きる意味」。
時が流れ、それぞれの道を歩んだ私たち。あの頃の淡い思い出と、今だからこそ感じる人生の深さについて、少しだけお話しさせてください。

1971年、あの頃の教室の隅で
1971年、高校1年生の春。当時、我が家は余裕がなく、家から自転車で30分かけて通える公立高校が唯一の選択肢でした。
入学してすぐに校内で話題になっていたのは、生徒会長の先輩。その素敵な雰囲気に、私たち女生徒はみんな夢中でした。
ある日、執行部の部屋から聞こえてきたギターの音色と『戦争を知らない子供たち』の歌声。恐る恐るドアを開けた先には、ギターを抱えた5人の先輩たちがいました。
「座って!一緒に歌おう!」
その一言が、私の高校生活を鮮やかに変えました。生まれて初めて聴くギターの生演奏。大人びた先輩たちに囲まれ、夢の中にいるような毎日。私はどうしてもギターが欲しくなり、夏休みにお肉屋さんでバイトを始めました。
1日1200円のバイト代と、初めての「欲しいもの」
当時のバイト代は1日1200円。中学生の妹や小学生の弟がいる我が家のために、7月の給料はすべて母に渡しました。
配達中に出会ったその先輩は、私がギターのために働いていることを知ると、いつも「頑張れ〜」と声をかけてくれました。ある日、先輩は「来年ギターをあげるから、今回は安いの買えばいいよ」と言ってくれたのです。
小さな頃から、両親に何かをねだったことは一度もありませんでした。でも、どうしても欲しくて……。恐る恐るお願いすると、両親は私の初めての我儘を許してくれました。
「幸せになるために生きる」という贈り物
2学期、「俺と付き合うか?」という言葉から始まった先輩との時間。彼の家族に連れられて行ったランチで、生まれて初めてナイフとフォークを使ってハンバーグを食べた日の緊張感は、今でも鮮明に覚えています。
彼のお姉さんから「可愛くていい子だね」と言われたとき、初めて他人から可愛いと言われたので、とても嬉しかったです。
卒業間際、彼は私にこう言いました。 「人は何の為に生きてると思う?」
考えたこともなかった私に、彼は「幸せになる為に生きているんだよ。いろんな本を読んで、いろんな音楽を聴きなさい」と教え、約束通りギターを、そして吉田拓郎の『人間なんて』のLPレコードをくれました。

巡り巡る人生の結末
その後、大阪へ就職した彼とは少しずつ疎遠になり、いつの間にか音信不通になっていきました。
あれから長い年月が経ちました。
今でも生徒会長だった先輩とはLINEで近況を報告し合っています。私の3度目の結婚を報告したときも、「三度目の正直、お祈り申し上げます」と言葉をくれました。
5年前の同窓会で、彼が写っている写真をもらいました。老けてはいたけれど、すぐに彼だと分かりました。その数ヶ月後、彼が交通事故で亡くなったという知らせを受けました。享年67歳。
「人は何のために生きているのか」と問いかけた彼。
私が今こうして穏やかにブログを綴っていることも、彼が教えてくれた「幸せ」の一つなのかもしれません。
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