うつ病だと思ったら双極性障害だった。48歳シングルマザーの娘が躁うつ病と診断されるまでの記録と家族の向き合い方

3回目の結婚生活

高校生の息子を女手一つで育てながら、自営業で懸命に働いてきた48歳の娘。

「仕事の売上が落ちて不安そうだな」と心配し始めたのが、昨年の秋のことでした。

そこから始まったのは、激しい気分の浮き沈みという見えない嵐のような日々でした。

眠れず手が震えて仕事すら手につかなくなった鬱状態から強制入院。

退院して安心したのも束の間、今度は急にテンションが高くなり、「地球の気持ちが分かる」と言い出したり、家賃が倍以上の部屋へ引っ越したり、周囲へ攻撃的になったり……。

初めは「うつ病」と診断され、良くなったと勘違いして服薬をやめてしまい、後から判明した本当の病名は「双極性障害(躁うつ病)」でした。

躁のときの言動を鬱になってから激しく後悔し、「死にたい」と泣く娘。

親としてどう寄り添えばいいのか、何を言ってはいけないのか、私自身も悩み、調べ、手探りで向き合い続けています。

双極性障害は約100人に1人がかかると言われる決して珍しくない病気ですが、周囲の理解と適切な対応が何より欠かせません。

この記事では、娘の発症から診断に至るまでの実際の経過と、家族として学んだ「病気との向き合い方」「絶対に使ってはいけない言葉」「これからのサポートの形」を包み隠さず書き残します。

同じようにご家族の精神疾患で悩み、出口を探している方の参考に少しでもなれば幸いです。

これまでの経緯はこちら  続きもご覧ください  終わりのない病気

うつ病から双極性障害の診断へ。娘が辿った1年間の経過

娘の異変に気づいてから、双極性障害と診断がつくまでの約1年間は、まさにジェットコースターのような日々でした。

  • 2025年秋〜年末(深刻な鬱期): 売上減少の不安から心療内科を受診。次第に不安が増して知人への電話が止まらなくなり、手が震えて眠れず仕事もできない状態に。年末に強制入院となり、この時は「うつ病」と診断されました。
  • 2026年春(激しい躁状態): 退院後は低姿勢だったものの、3月頃から急激におしゃべり・大声になり、自己判断で断薬。4月には攻撃的な言動や高額な買い物、家賃倍増のマンションへの引越しなど躁状態が暴走。「地球の気持ちが分かる」などの言動も見られ、再入院を経て「双極性障害(完治はせず一生の付き合いになる)」と告げられました。
  • 2026年夏〜現在(自覚と激しい鬱期): 躁が落ち着くと、今度は顧客を失ったことや高額な家賃への強い後悔に襲われ、「死にたい」と過眠状態に。更年期の体調不良も重なり、住まいを再度見直しながら、

知っておきたい「双極性障害」4つの波

双極性障害は、単なる気分の浮き沈みではなく、大きく分けて4つの状態を行き来する病気です。

  1. 躁状態:気分が異常に高揚し、万能感から浪費やトラブルを起こしやすい危険な状態。
  2. 軽躁状態:活動的で調子が良く見えるが、ここで動きすぎると反動で鬱が悪化する。
  3. 軽いうつ状態:実はこの「少し抑えめ」な状態こそが、病気における安定期。
  4. 重いうつ状態:強い落ち込み、過眠、自責の念、希死念慮が現れる。

娘の場合、「元気になった(軽躁・躁)」を「うつ病が治った」と勘違いし、服薬を止めてしまったことが最大の落とし穴でした。

この病気において「薬の継続」は一生の必須条件です。

家族だからこそ気をつけたい「言葉がけ」のルール

病気の渦中にいる本人に対して、何気ない一言が致命傷になることがあります。

鬱状態のときに「絶対に言ってはいけない言葉」

  • 「いつ治るの?」(完治する病気ではないため、本人の絶望を深める)
  • 「早く〇〇して」(焦りを生み病状を悪化させる。「ボチボチいこう」が鉄則)
  • 「なんであんなことしたの?」(躁状態の行動を責めると、激しい自責から自死のリスクを高める)
  • 「少しだけなら大丈夫」とお酒を勧めること(アルコールは服薬管理や気分の波に厳禁)

鬱状態のときに届けたい言葉

  • 「今日、お薬飲めた?」という淡々とした確認
  • 特別なアドバイスではなく、朝の挨拶と一緒に行動する穏やかさ
  • 過去を責めず、今日と少し先の未来に目を向けた声かけ

躁状態のときに病院へ連れて行く工夫

躁状態の本人に行動の誤りを指摘したり否定したりすると、激しい攻撃を受けます。

「あなたの行動がおかしい」ではなく、「最近寝られていないし体が心配だから、お医者さんに診てもらおう」と、身体の健康を気遣うスタンスで受診を促すことが大切です。

家族の覚悟とこれからの支援策

YouTubeや専門家の発信、自助グループの情報を学ぶ中で、私自身ひとつの覚悟が決まりました。

それは、「以前の娘には戻らない」という現実を受け入れることです。

「軽く鬱っぽくて少し静か」くらいがこの病気にとっての安定状態なのだと知りました。

ただ見守るだけでは不十分ですが、親がすべてを抱え込んでも共倒れしてしまいます。

  • 生活リズムの維持を促す(躁の兆候があれば動かさない、鬱のときは無理のない範囲で小さく動かす)
  • 「私が倒れない範囲」で家事などをサポートする
  • 福祉の力を借りる(主治医への相談、障害者手帳の申請、行政の窓口活用)

目指すのは「完治」ではなく、服薬を続けながら症状を波立たせない「寛解(かんかい)」です。

一進一退を繰り返しながらも、娘と高校生の孫の暮らしが少しでも穏やかに回るよう、息の長い付き合いを続けていこうと思います。

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